酒盛り



「ふう……大量大量! 今晩はコリッブローのグラータですね」

「ええ、コリ煮も作りましょうか。それと、アンデロ……フガーシュも良いわねぇ」

「…………」


 早く料理名を覚えよう。

 まだまだ悠来には知らない料理がたくさんあるようだ。

 元の世界にもある料理、のこちらの世界バージョンも多いが、基本的に『海外の料理』だと考えた方がいい、というのが最近たどり着いた結論。

 今回収穫した大量のコリッブローやガジャボという緑色のカボチャ風野菜。

 これだけあっても二日分にもならない。

 今日蒔いた種も、収穫出来るのは来月から再来月。

 それを思うと、畑の拡張は確かに急務と言える。

 とはいえ、一つの小隊が一日に倒せる木は数本が限度。

 一番大変なのは、倒した木を倉庫へと運ぶ事。

 一本百キロを超える木を、十数人の騎士が往復して運ぶのだから時間も掛かる。

 本来なら数週間放置し、木の中の水分を抜くのだが、畑の拡張が急務なので早々に退かしてしまう。

 明日は倒した木の根を取り除く作業。

 それでも、思ったほどの拡張は見込めない。

 これ以上の人数は城や貴族の護衛の人数を割り裂く事になるので認められないらしく、それもまた悩ましいところだった。


「でも、今日聖女様が町を浄化に行ってくださった。もうすぐ町でまた買い物が出来るようになるわ。ああ、ありがたいわね……」


 ほくほくと、本当に嬉しそうな笑顔。

 その笑顔が嬉しい反面とても悲しくもある。


「……そう、ですね」

「本当に感謝しているのよ、ユウキちゃん。貴女の大切な娘さんには……。それだけは本当に本当よ」

「……はい、疑ってません」


 この世界の人たちにとって、真美は『希望』。

 そんな事は分かっている。

 ただ普通の女の子として、平和な世界で……生きて欲しいと願うのはおかしい事だろうか。

 あんなに恐ろしい魔物や厄気と対峙し、人々の期待を一身に背負わされて……。

 それを乗り越えていけるほど、あの子は強いのだろうか。

 悠来にはそれがとても心配だ。

 いや、信じよう。

 たとえいつか真美が「嫌だ、もう嫌だ」と泣いて嫌がった時は自分が支えてやればいいのだ。

 あの子もこの世界の事を、好きになりかけている。

 この世界で生きていく。

 それしかないのなら、そうするしかない。

 幸い、悠来と真美の周りには優しく、いい人が多いのだ。

 大丈夫、きっとなんとかやっていける。

 そう励まし、叱咤し、前を向かせ、隣で一緒に歩んでいく。

 彼女が——娘が一人で歩いていけるようになるまで……。


(それが親の務めだってもんだよな。寂しいけど)


 厨房に戻って夕飯の準備を始めた。

 メイリアにグラータ……元の世界で言うところの『グラタン』に近い食べ物の作り方を教わりながら、人数分を拵えていく。

 同時にアンデロという……元の世界で言うところの野菜バージョンの『パエリア』らしき料理も教わった。

 とはいえ米などないので、米に似た豆、ロックを敷き詰めて色とりどりの野菜と魚を巨大なフライパンで蒸し上げて味付けする料理だ。

 悠来はこのロックを和食に使えないかと、それでおにぎりを握ってみたが所詮は豆。

 米のように粘着力があるわけもなく、塊になる事はなかった。

 それはとても残念ではあったものの、また一からお米を探せばいい。

 あるいは、お米に代わる穀物が今後見付かるかもしれない……そう、思う事にした。


「ふう、やっぱり百人近い人数分を作るのは大変ね。ユウキちゃんがいてくれて本当に助かるわ~。お料理するの、手馴れているんだもの」

「ですよねぇ、一人じゃキッツイですよ! メイリアさん、よく今まで……」

「うふふ、ありがとう。……本当の事を言うと、毎日やめてしまいたかったわ」

「…………」


 メイリアの本音に、柔らかく微笑む。

 それをごまかすように、メイリアは白い箱を取り出した。


「そうだわ、これをあげようと思っていたの」

「? それは?」

「うふふ、クチッツにコフをまぶしたものよ。お酒にとても合うの」

「……ほ……」


 ほほう、と覗き込む。

 クチッツとはどうやらナッツの種類のようだ。

 一つ摘んで食べてみると、塩辛い豆の味。

 なるほど、これは酒に合いそうだ。


「リュカの部屋にあの人の溜め込んでいたお酒があるはずだから、聖女様が寝たあとまたおいでなさいな。ユウキちゃんもそろそろこちらの世界で息抜きを覚えた方がいいわ。……あの子も最近、根を詰めすぎだしね……」

「!」

「あ、ついでに……厨房にある材料も好きに使っていいわよ。お願いね」

「……分かりました」


 ……母、なのだなぁ、と彼女の表情を見て思う。

 息子を想う母。

 頷いて、承った。


「頑張り屋な子を持つと大変ですねぇ」

「本当にねぇ」


 くすくすと笑い合う。

 世代は違うが、親とは生涯親なのだ。

 たとえ独り立ちしていったとしても……それをメイリアに見抜かれたのだろう。




 ***




 真美が帰ってきて、疲弊した表情だったのに気がついた悠来はうんと真美を褒めそやした。

 城下町は色々と大変な場所だった、と真美の愚痴に付き合う。

 聞けば魔物が入ったせいで厄気が凄まじく、店は開いていないし具合の悪そうな人や汚物が散乱していたので悪臭も凄まじかったらしい。


(聞いてたより酷そうだな……)


 実際見た真美の疲弊具合。

 しかし、反対に騎士たちや城の方は沸き立っていた。

 真美が無事に城下町の厄気を浄化してきたからだ。

 つまり、城下町はこれから以前のような活気を取り戻してゆく事だろう。

 その期待にみんな喜んでいる。

 だからこそ真美の頭を撫でながら、そんな喜ぶ人たちの方を見て、たくさん褒めた。


「……真美のおかげでみんな喜んでるな」

「……うん。まあ、それは……うん」


 本人も存外悪い気分ではないらしい。

 満更でもない顔をして、感謝される事にツンと顔を背けて照れを隠している。


「本日はごゆっくりお休みください」

「じゃあ、俺今日はちょっと他にもやる事があるから真美の事を頼むな、ハーレン」

「え、お父さん一緒に帰らないの?」

「もう一人ガス抜きが必要な奴がいるんだよ」

「?」


 真美にはよく分からないかもしれないので、少し悪い顔で「ふふふ、リュカに俺が歳上だという事を思い知らせるのだ」とグラスを見せて言ってやると真美も悪い顔になって「お父さんも悪よのぅ」とノってきた。

 ……果たして本当に意味が分かっているのか。

 それをハーレンがどう思ったのか、ヘニャリと眉尻を下げて笑う。

 真美の護衛には他にも三人ほど騎士が付くので、心配はない。

 というわけで、メイリアにもらったクチッツと厨房を借りて作った創作料理を持ってリュカの自室がある別館の方に足を運ぶ。

 茶色い木の扉を三回ノックして「リュカ」と声を掛けると不思議そうな声で「ユウキ?」と聞き返された。

 間もなく足音が聞こえ、扉が開く。


「!」

「お前なかなかいいモンため込んでるらしいな? 俺にも一杯飲ませろよ」


 グラスとつまみ、肴を見せると驚いた顔がなんとも情けなく緩む。

 無言でドアを悠来が入れるくらいに開いて招いてくれる。

 なにやら笑いを堪えて、肩がフルフルしているのだが、それはどういう意味なのだろう。

 すでに夜も遅いので鎧は着けていない軽装のリュカ。

 執務室のテーブルには書類の山。

 その執務室の庶務机の前に応接用のテーブルとソファー。

 左の方には本棚や、鎧や剣が飾ってある。

 その奥にもう一つ扉。

 あれはリュカの自室、寝室である。

 一応掃除で入る事もあるが、ここより物がなく、本棚には軍事書などが大量に入っていた。

 私生活がどうなっているのか不安だったが、リュカが通してくれたのはその自室の方。

 リュカが近づいたのは本棚の横に同じ大きさの旗。

 この世界では掛け軸がわりなのか、とさして気にした事もなかったが、リュカはそれをめくり上げる。

 すると、なんと地下への階段が現れた。

 降りると入り口のランプをリュカが聖霊術で灯す。

 部屋が明るくなる。

 そこには大量の酒棚。

 壁一面、樽まであった。

 奥には簡易ベッドとテーブルと椅子。

 壁には世界地図のようなものと、錆びた斧が飾ってある。

 入り口といい、この秘密基地のような空気は悠来の男心も刺激した。


「お前こんなに持ってたのか」

「メイリアに聞いたんだろう?」

「まあな。でもまさかセラーまであるとはなぁ」

「父の趣味だな」

「……。俺に教えて良かったのか?」

「悠来の作ってきたつまみを見たら、飲みたい欲求が優ったんだ」


 によ、と笑う。

 するとリュカもニヤ、と笑い返してきた。


「お前さては相当だな?」

「ふふふ。……任務が続いていて最近飲めてないんだが……今日マミ様が城下町の厄気を取り去ってくださった。その上、ユウキのお手製つまみとくれば耐えられんな。今夜はここで休むとしよう」

「クククッ……」


 寝るまで飲む気のようだ。

 椅子は一つ。

 リュカは途中の棚から酒瓶を取り出すと宣言通りベッドに座り、悠来に椅子を勧めてきた。

 こういうところはまだ騎士である。


「そういえばマミ様は……」

「ハーレンたちが送ってったよ」

「ああ、なるほど。ユウキが残るのを許してもらえたのだな」

「まあ、その辺は大人だからな」


 などと笑いながら酒の封を開け、持ってきたグラスに注いでいく。

 とく、とく、という小気味良い水音と、ワインの香り。

 とはいえ色は真っ黒で墨のようだ。


「これは?」

「クローバツという果実酒だ。毎年凄まじい勢いで成長して大量に実をつけるのだが、凶暴でな……人里近くに生えると畑の土の養分を根こそぎ吸ってますます巨大化してしまうので、騎士団総出で狩る」

「…………」


 相変わらず思いもよらない答えが返ってくるものである。

 ともかく、そうして討伐したクローバツの実は潰して樽に入れ、発酵させて酒にするのだという。

 頼んでもいないのに毎年大量に発生しては人々を困らせるクローバツだが、酒にすればそれほど悪いものでもない。

 ただ、やはり危険なもので、クローバツに襲われると人だろうが『養分』として喰われてしまう。


「こ、怖すぎだろうクローバツ……」

「今年はどうなるか分からない。厄気のせいで生えないかもしれん。……良いのか悪いのか……」

「うーん、まあ、そうだなぁ」

「それで? ユウキはなにを作ってきたんだ?」


 ワクワクとした表情。

 まるで子どものような表情に、悠来も少し得意げになる。


「ふふふ、これは揚げ出し豆腐風フロッパとツベンとクチッツに塩、いやコフをまぶしたものだな」


 ツベンはキャベツに似た野菜。

 色は紫色で相変わらず食欲を失わせるものなのだが、コフをまぶして胡麻っぽいものとハーブオイルを少々垂らして混ぜれば完成。

 大きなボウルのような皿にたっぷり入れてきたのでトレイの大部分を占めている。

 そして揚げ出し豆腐風フロッパ。

 フロッパは豆を煮て、潰して固めた料理。

 それを再度潰し、こね、ハンバーグ状にした後に小麦粉っぽい粉をまぶし、揚げた。

 そこから別に作っておいた餡を掛けて出来上がり。

 なんとなくフロッパが目に痛い黄色なので、やはりあまり美味しくなさそうに見えてしまうのだが……味見した時はかなりの再現度に自画自賛した。


「へえ、旨そうだな」

「こっちの世界の酒の味がどんなものか分からなかったから、とりあえず無難なのを一番多く作ってきた。まあ、食ってみてくれ」


 本当はオニオンリング的なものやポテトチップ風なものまで考えた。

 しかし、初めての酒盛りに浮かれすぎているように見えて……自粛。

 正直二人だけの酒盛りに三品もなかなかに多い部類である気もしないでもないが、内一品はメイリアからなのでカウントしない事にする。

 リュカが手を伸ばしたツベンのコフ和え……もとい塩キャベツ風つまみ。

 一口食べて、瞳を輝かせたのを見てほっと安堵する。


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