ある意味決戦の前
「……? リュカ、どうしたんだ?」
「ど、どうもしない……入ってくれ」
「は、はあ。お邪魔致します……?」
夕飯の少し前。
リュカはハーレンを執務室へと招き入れた。
悠来は真美との約束の為に『ハンバーグ』を作りに厨房へ行っている。
「? なぜ窓が空いているんだ?」
「……えーと、少し暑くて……」
「そう、か? でもそろそろ閉めた方がいいぞ。虫が入ってくる」
「そ、そうだな」
ばたん。
と、力なく窓を閉めるリュカに首を傾げる。
いつも精力的な友人が、どことなくげっそりしているように見えた。
「はあ……」
「なにかあったのか? 相談なら乗るぞ」
「……そう、だな……ハーレン、お前には話しておきたい」
「ああ」
なんでも溜め込みやすい友人の力になれるのは誇らしい。
その言葉を待っていた、とばかりに頷いてソファーに腰掛けた。
リュカが座ると、さあ話せ、と満面の笑みで迎える。
対するリュカの居心地の悪そうな表情。
これは、なかなかに深刻な事態なのかもしれない。
笑っている場合ではないのか、と気持ちを切り替えて険しい表情を作る。
「…………実は、一週間程前から……ユウキと付き合っている」
「…………。ユウキ……と、ん? ……なんと言った?」
聴き間違えかと思った。
思わず聞き返す。
目元をほんのり染めたリュカが、再度「交際している」と言い方を改めて告げた。
付き合っている。
交際している。
はあ?
と、繰り返して、また聞き返してしまう。
「え? 付き合っ……交際って、え、まさか恋人同士になったとかそういう……」
「そうだ。いや、その……酔った勢いもあって、その、流れで……」
「は? …………。え? それは、ユ、ユウキの了承もありで?」
「あ、ああ」
「…………」
ハーレンの思考は停止した。
しかし、数秒後に活動を再開し、言われた内容を改めて精査に掛けた。
付き合っている。
リュカと悠来が。
悠来……聖女の父親。
そう、父。つまりは男。
ポクポクと噛み砕く。
交際している。
友人と、彼が。
「…………酔った勢いか……」
「あ、ああ。だが、俺は真剣だ。陛下の誕生日がもうすぐだろう? それで、その時にユウキに結婚を申し込もうと思う」
「けっ……、……、ま、待てリュカ。早まるな。き、気持ちは分かる、お前は真面目だ。気持ちは分かるが、ユウキはこの世界の婚姻に関してどのあたりまで知識がある? それに、ユウキ自身の結婚に対する気持ちは? なにより聖女……マミ様に許可は? は、話したのか? マミ様に、その、父親のユウキと、お前が……こ、恋人となった事を! ちゃんと報告したのか? マミ様はお前とユウキの婚姻を了承しているのか? その辺りはどうなんだ?」
「…………」
あ……。
と言わんばかりの表情に頭を抱えた。
これは、まったく、一切、なんの確認もしていない顔だ。
真面目がすぎて、時折このように暴走するリュカ。
実際問題、今挙げた事以外にも確認しなければならない事は多い。
「そ、そうだった……まずはメイリアにも話して許可をもらわなければならないんだ。マミ様は……ゆ、許してくださるだろうか……」
「なんとも言えないな。マミ様は、なんというか、その、こ、こう言ってはなんだが……まだ父親に甘えたい年頃、の、ように見える……」
「そ、そうだよな……」
控えめに言ってファザコンだ。
この世界にファザコンという言葉があれば、二人は即座にその言葉を使っただろう程に。
この国を救う希望の聖女……の、父親。
聖女の力を欲するならば、当然その父親である悠来にも目が向けられる。
今のところ悠来に対して差し向けられている『革新派』『保守派』などの派閥は無関係に、その接触を断っているが……。
「ユウキへの婚姻の話を断ってこれたのは、マミ様がああだからなのに……今更俺がユウキに結婚を申し込みたいなどと言ったら、やはり叱られる、よ、なあ……」
「まあ、少なくともご機嫌は盛大に損ねるだろうな……」
「ううう……」
真美は悠来への貴族令嬢たちから大量に提出される結婚の打診をことごとく許さない。
それがバレたのはかなりの初期で、二人が召喚されて一週間程の頃だ。
たまたま、聖殿で堂々と真美に「お父様のユウキ様とうちの娘を結婚させませんか」と直談判したアホがいた。
どこのサウザールの縁者とは言わないが、真美はそれに激怒。
「お父さんは真美のお父さんだから結婚なんかしないの!」とすさまじい剣幕で怒鳴り付けたのだ。
その時の聖殿は……リュカもハーレンも思い出したくない。
それ以来、騎士団と聖殿で悠来への婚姻話は全力で止めている。
しかしそれでも目を盗んで、という者が現れそうになったので、ついには王家に頼み、王家の方からも止めてもらっている程だ。
それ程までに聖女の権威は……あの一言は大きい。
「……そうだな……ああ、だからサウザールも苦肉の策を取ってきたのだろう」
気を取り直したのか、リュカが話題を変えてきた。
出てきた名前にハーレンは眉を寄せた。
サウザールは『革新派』を謳う派閥の筆頭だ。
やり方は金を握らせ都合の悪い事は握り潰す、金で買った女で接待する、高金利の金を貸し付けて人を追い詰め操る……などなど、ろくなものではない。
騎士団の中にも奴の息の掛かった者が何人かいる。
それらを押さえ込み、なんとかまともに騎士団ととしての務めを果たせてこれた。
国王が目を光らせていてくれるのもあるが……もし、ここで聖女と聖女の父親が奴らの手に落ちるような事があれば国の情勢は一気に反転する。
「苦肉の策?」
「昼間、子息のゾワールがユウキをサウザール家のシェフに迎えたいと打診してきたのだ。金額はかなりの額を提示してきたが……」
「……また金に物を言わせるつもりか……。ユウキは、まさかつられたりなどしていないだろうな?」
「当たり前だ、金に目が眩む男ではない。……いや、むしろゾワールの目的を自分で聞き出して上手い具合に騙していた程だ」
「な……なにをやっているんだ……」
ハーレンもそれには呆れた。
ハーレンも呆れたのだから、その時それを直に聞いたリュカが呆れ果てたのは目に浮かぶ。
「まあ、それでここからが相談なのだが……ユウキはゾワールに正体を悟らせなかったようだ」
「ん? という事は……」
「ユウキは役者だと言っていたし、せっかくだ。一芝居打ってもらおうと思ってな。お前に相談しようと思っていた」
「芝居……」
具体的な内容の話を聞いて、思わずクスクス笑ってしまう。
確かに悠来ならやれてしまえそうである。
そして、それならば陛下もお喜びになるだろう。
相変わらずリュカはとんでもない事を思い付くものだ。
「ああ、いいと思う。全面的に協力しよう」
「ありがとう、ハーレン」
「ついでにマミ様にもユウキと交際している件を事前に伝えておいた方が良いぞ。きちんと報告して、許可をもらった方がいい。……その、悪い事は言わないから、もう少し外堀は埋めて……あ、あと、マミ様に言う前に絶対にユウキともよく話し合って……」
「そ、そうだな。もちろんそうするとも! ……サウザールたちに一泡吹かせるよりも、そちらの方が遥かに難易度が高い……」
うん、うん。
強く頷くハーレン。
「「……………………」」
二人の脳裏に過ぎるもの。
あの日、聖殿で「お父さんは真美のお父さんだから結婚なんかしないの!」と叫んだ聖女の影響を受けて怒り狂った聖霊や聖霊王が天変地異でも起こすのではないか、という勢いで暴れはじめた光景。
今思い出しても血の気が引く。
下手をしたら、この国で聖霊術が使えなくなるところだったかもしれない。
思わず無言で現実逃避をし、ふるふると首を横に振る。
これからその『お父さん』と「お付き合いさせて頂いております」と聖女に報告し、許可を得なければならないリュカの顔など青を通り越して白い。
未だかつて、こんな顔の友人は見た事がなかった。
気持ちはとてつもなく分かるけれど。
しかし、目的が聖女の保有と利用であるサウザールたちと比べてリュカの『理由』はひどく純粋だ。
リュカは聖女の父だから悠来を望んでいるわけではない。
単純に惚れたからだろう。
そういう男なのだとハーレンは誰よりも知っているつもりだ。
だからその死にそうな顔につい、笑みが溢れる。
「心配するな、俺も報告の時は隣にいよう」
「! ほ、本当か、ハーレン!」
「無二の友の門出だからな。……まあ、その……許しが出なくとも、まずは報告だろう。マミ様もまだ幼い。あと十年もすればきっと分かってくださる」
「…………じゅ、十年かぁ……」
目が遠くなる二人。
だが、そう考えればまだ希望もあるというもの。
一時無言になった二人だが、ほぼ同時に深い溜息を吐いた。
「そうだな……生涯添い遂げようと思うのだから十年くらいどうという事もないだろう。うん」
「そうだ、前向きに頑張ろう」
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