娘の反抗期?【前編】


 こうして、翌日から悠来は午前の勉強を終えると騎士団寮へ料理を教わりに行く事が日課になった。

 娘の真美に、少しでも故郷の料理を食べさせたいとアレンジも加えるようになってきたが、やはり野菜料理は難敵だ。

 悠来が考えていた以上に、奴らは暴れ回る。

 野菜が暴れ回るという、この世界の常識。

 処理の仕方を間違えれば怪我をするだろう、間違いなく。

 逆に肉料理やパーンを焼く時は穏やかだ。

 とはいえ、だから肉料理やパーンばかりには出来ない。

 栄養が偏ってしまう。


 そして——……

 そんな生活を一ヶ月も続けていると、生活も変化が現れ始める。

 真美はこれまで、午後も読み書きの勉強などをしていた。

 しかし、そろそろ『聖女』として聖霊と眷属契約をして欲しいと頼まれ、聖殿の人たちと外へ出るようになったのだ。

 他にも『聖女』として、聖殿で祈りを捧げて欲しい。

 厄気の濃いところの浄化にも行って欲しいと、『聖女』としての職務が本格化してきた。

 対する悠来は文字の勉強の他にリュカに剣の扱いを学ぶようになる。

 リュカの剣を持たせてもらった時はあまりの重さに驚いたものだ。

 さすがにそんなものを振り回す腕力、筋肉は付いていないので、まずはそこから。

 木剣ぼっけんで練習し、使う筋肉を覚える。

 その筋肉を効率的に鍛えられるように体力作りや筋トレも始めた。

 リュカの言っていた通り、そのトレーニングに畑作りはなかなかに効率的で驚いたのは記憶に新しい。

 ただ、真美とこれまでのように昼食を一緒に食べる機会は減ってしまった。

 しかし、それでも真美の為に元の世界の料理への探求は続ける。

 それは、自分の為でもあるからだ。


 そして————。



「メイリアさん、お洗濯物干し終わりましたよ!」

「あらあらまあまあ、さすが若い人は違うわねぇ。ありがとう~」

「いやいや、このくらい普通ですよ!」


 騎士団寮で、メイリアに料理を教わり、そのあと家事を手伝う。

 最近の悠来の日課となりつつあった。

 じっとしているのは性に合わないし、家事をしているとなにも考えなくて済む。

 いや、考えなければいけない事は山積みだが、今の悠来に出来る事は娘の為に『強くなる事』と『元の世界の料理をする事』くらいしか思い付かない。

 メイリアのおかげで料理に関しては目処が付いた。

 後は実践するのみだが……しかし、まずは洗濯籠の片付けだろう。

 思い出すのは最近、帰ってきた騎士たちが疲れ果てたような顔を、悠来が「お帰り!」と声を掛けるだけで満面の笑みにするところ。

 それがなんだか可愛らしくて好ましい。

 あとは護衛のリュカが騎士団寮で家事をしていれば、その間に執務室で書類仕事を進められるのだ。

 彼の仕事も捗るし、悠来もこの世界での仕事を覚えられるし一石二鳥、三鳥?


「ユウキちゃん、リュカにお茶を持って行ってくれる?」

「はい、分かりました」


 リュカは最近出掛けるようになった真美の為に、護衛の騎士を増やしてくれた。

 中でも厄気の浄化となると、魔物に襲われる可能性も高い。

 その場合は十人以上の騎士が護衛する。

 城や王の警護を担当する者と合わせて調節する事が必要で、そういう配置を考えるのもリュカの仕事。

 本来なら悠来の護衛をしている場合ではないはずだ。


(俺がここにいる間はそういう書類仕事をメイリアさんが促すからな。突っ立たせておくより、きっとこの方が良い。……まあ、俺がもっと実力を付けて、リュカを護衛にしなくてもいいくらいになればいいんだろうけど……)


 メイリアに料理を習い、騎士団寮の中を掃除し、騎士たちが使うベッドのシーツや服を洗ったり、夕飯の仕込みの準備をしたり。

 分かっていた事だが、とんでもない重労働だ。

 普通の一般家庭ですら大変なのに、こんな事をメイリア一人が毎日やっていたなんて、と心底感心した。

 もちろん、彼女も一人では行き届かない所が多かったのだろう。

 悠来が手伝うようになってから「寮が綺麗になったわ~。ありがとう、ユウキちゃんが手伝ってくれるおかげよ」と本当に嬉しそうにお礼を言われる。

 その事が、心から嬉しい。

 やはり家事は感謝されるとますますたのしくなる。

 なによりやはり、こうして体を動かして働くのは——とても、楽しかった。


 コンコン。


 食堂から玄関ホール、渡り廊下を通り別館の方へ行き、右側の扉を叩く。

 こちらの別館は騎士団長と副団長、そして二階は小隊長たちの部屋がある。

 騎士団長と副団長の部屋は一階で、右が団長、左が副団長の部屋。

 執務室と、その隣、真実が壁一枚隔てて繋がっている。

 その、執務室側の扉をノックした。


「リュカ、お茶を持ってきたぞー。一休みしたらどうだ?」

『え、なっ、も、もうそんな時間か!?』


 ドアの向こうでバタバタと書類が片付けられる音と、焦った声。

 それがなんだか可愛らしくてクックッと笑ってしまう。

 少し待つと、ドカドカ足音が近付いてきたので、壁側へと体をずらす。


「ありがとう、ユウキ」

「おう、どういたしまして」


 こんなラフなやりとりもすっかり板に付いてきた。

 しかし、リュカ曰く少なくとも城ではきちんと『聖女の父』としてある程度地位をはっきりさせねば舐められかねないらしい。

 貴族の中には『聖女』……真美を私的利用しようと考えている節のある者もおり、当然、その父親である悠来は利用価値がある。

 悠来には権力争いや貴族の足の引っ張り合いなどは文字通り、別の世界の出来事。

 いまいちピンとこないのだ。

 だが、メイリアにも「そうねぇ、お城ではちゃんと偉そうにしないとダメねぇ」と言われてしまった。

 メイリアもリュカも『貴族』なので、これから色々教えてくれると言ってくれたが……。


(その辺面倒くさいんだよな……。よく分かんないし)


 なのでやはり、せめてこの寮の中だけでも様付けをやめてもらったのだ。

 極々普通の……ただの高遠悠来でいたい。

 貴族でも『聖女の父』でもない、ただの高遠悠来で。

 ……若干……本当にちょっぴりだけ、『聖女の父』という『役』ならば面白そうだ、と思う事はある。

 だが、どう考えてもそれを『演じた場合』のリスク、面倒ごとを抱え込む可能性の方が大きい。

 それはさすがにごめんだ。


「どうだ? 仕事の進み具合は」

「おかげさまでとても捗っている。騎士たちも最近、部屋は綺麗だし、シーツは洗いたてだし、心地良く生活出来ていると喜んでいた」

「だよなぁ! 身の回りが綺麗だと活力が湧くっつーか……いいよなぁ!」


 扉の前でお茶とお菓子の載ったトレイを手渡し、世間話をしてからメイリアと夕飯の仕込みの準備をしようと思っていた悠来。

 それじゃあ、とドアから離れようとした時、リュカに「ユウキ」と呼び止められた。


「なんだ?」

「聖女様は、大丈夫そうだろうか?」

「真美? いつもと変わらなかったと思うが……ああ、いや、最近少し浮かない顔をしてたな」

「やはり、か?」


 リュカの心配そうな表情。

 悠来も、ここ数日の真美を思い出して目を細めた。

 最近の真美はどこか……そう、拗ねている。

 恐らく悠来と一緒にいる時間が激減しているせいだろう。

 パンクしてしまう前に一日だけでも一緒に遊ぶ時間が必要だろうと、リュカに提案してみる。


「そうか……。なんとなく、聖女様は普通の、同じ年頃の子どもと比べて随分おとなしいとおもっていたが……、ふふふ、そうか、ユウキに構ってもらえないから拗ねておられたのか」

「多分な。……まあ、そんなとこだと思う。悪いんだが一日だけ都合を付けてくれ。一日で真美の元気を全快に回復してやる!」

「! ……それは、頼もしいな」

「ああ、任せろ。さて、うちのお姫様を元気にする為にも……まずは元の世界の料理だな。とりあえず今日の夕飯にオムレツを……」

「オムレツ?」

「ああ、試食してみるか?」

「いいのか!?」


 ぱあ、と花開くように向けられた笑顔。

 彼と、彼の母には本当に助けられている。

 そのお礼も兼ねて、もちろん、と頷いた。

 なにより、自分よりも早く真美の些細な異変に気が付くとは驚きだ。

 真美の事を余程気遣ってくれて——。


「だ、団長ー! 団長ー!」

「「!?」」


 バタバタと一人の騎士が別館に入ってきた。

 すぐに扉の前でお茶を手にしたリュカと、トレイを持った悠来に気が付いて顔を青くする。

 彼は第二小隊の騎士、ルイス。

 平民出身で、副隊長に最も近いと言われている。

 切り揃えられた茶色いおかっぱ頭をぱさぱさと揺らしながら焦って駆けてくる彼は、一瞬口をパクパクさせて、それから意を決したように叫ぶ。


「せ、聖女様が! 聖女様がいなくなりましたぁ!」

「な、なんだと!?」

「は、はぁぁあぁ!? 真美がいなくなった!? ど、どういう事だ!?」

「そ、それが、聖霊との眷属契約の為に聖霊探しをしていたら、いつの間にか……!」

「っ! 全騎士を招集しろ! すぐに捜索隊を組む! 聖殿にも人を集めさせろ!」

「は、はい!」

「悠来、貴方は——」

「もちろん俺も行くぞ!」


 もちろんだ、と大きく宣言した。

 トレイとカップを玄関ホールのカウンターに置いて、リュカがメイリアに大声で「緊急任務が入った! あとは頼む!」と叫び、返事も聞かずに外へと飛び出す。

 ルイスと悠来もそれに続いた。


(真美!)


 生きた心地がしない。

 なぜ?

 どうして?

 突然いなくなるなんて——。


(真美……まさか、まさか!)



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