初めての異世界料理【後編】
気を取り直して、料理の続き。
(……とっ……ところで、湯がくってアレで良いんだっけ? 俺の知ってる湯がくと……な、なんかすごい色々……ち、違うような気がする。……いや、野菜が調理されるのに対して抵抗するのだけで今日はお腹いっぱいだからもう良いや……)
さすがの悠来も深く考えるのをやめ、メイリアの指示でボール型のお皿を四つ持ってきた。
紫色をしたレタスを布で巻き、鍋から取り出して葉を一枚一枚手で剥いていく。
さっき悲鳴のようなものを聞いたせいか、妙にその様子が恐ろしく見えた。
「更に食べやすくちぎるわね。さあ、手伝って、ユウキちゃん」
「は、はい」
これはサラダ作り、サラダ作り。
そう自分に言い聞かせながら、背筋がぞわぞわするのを堪え忍び、盛り付けていく。
レタスっぽい野菜ワンタが終わったら、次はあれから更に八等分されたテルトという青いトマト。
それを上に一皿二つずつ載せて、次に取り掛かるのはドレッシング。
「……それにしても……この世界の野菜って、なんか、こう……あまり食欲が湧かない色をしていますよね……」
なのだが、野菜だけ見ていたらげんなりとしてきた。
色味が紫や青だと、食欲が減退する。
実際以前テレビで紹介されたダイエット方法の一つに『食べ物に青の着色料で色を付けると食欲が減退して、必要量以上に食べられなくなる』というものがあった。
これは地でそれを実行している。
この色味はない。
「そーぉ? 野菜だもの、不味そうな色なのは当たり前じゃぁなぁい?」
「え、ええ? それじゃあ他の野菜もみんな不味そうなんですか?」
「当たり前よぉ~、野菜は食べられたくないんだもの。不味そうな色にして、自分を守っているのよ」
「……………………」
とても理にかなっていて反論の余地もなかった。
せいぜい「や、やりおるな野菜……」と負け惜しみのように呟くぐらいしか出来ない。
野菜が賢すぎる。
「大丈夫、慣れてしまえば良いの。さあ、次はドレッシングね。コフとルッスを混ぜるのよ」
「ええと……味見って、出来ますか?」
「ええ、どうぞ」
と、小皿に小分けしてもらった調味料を指で舐める。
(! これ、塩だ。黒いサラサラした粉、コフは塩。こっちの白い液体……ルッスは醤油みたいな味。でも、どっちも色がなぁ……)
色が逆になった、と思えば良いのだろうが、これは慣れるまで時間が掛かりそうだ。
というか、しょっぱいものにしょっぱいものを合わせてとうするのだろう、と思っていたら、かなり少量しか使わないらしい。
コフ(塩)とルッス(醤油?)を混ぜたものを脇に置き、新たにお皿にココナッツのような物を取り出して中身を注ぐ。
「えっと、メイリアさん、それは?」
「ワフルよ。舐めてみる?」
「い、頂きます」
ピンク色の液体は、これはこれであまり食欲が湧く色ではない。
しかし味の確認はしたいので、小皿にもらい、今度は直に飲んでみる。
「! 甘い……!」
「ええ、ワフルはお菓子を作る時などにも使うのよ。一本、実がなるまで育てれば毎日実がなるし、野菜と違っておとなしい性質で抵抗なく実を食べさせてくれるの。その代わり、陽の当たるところでちゃんとお世話しないとダメ。話しかけて、水をあげて、実の絞りかすを土に還してあげなければいけないのよ」
「へ、へえ?」
なにやらツッコミどころがあった気もするが、とりあえずスルーした。
味はココナッツミルクのようであり、液状のホットケーキミックスのようでもある。
不思議な味わいだ。
「さあ、次はこのワフルの果汁にこれを入れるわ」
「コフとルッスを混ぜたものですか」
「そう、少量でいいの。あまり入れるとしょっぱくなってしまうから。これが『リード』というドレッシング。さ、混ぜたらこれで『フェスタ』の完成よ。四つ作ったから、一つは味見で食べてみるといいわ」
「ありがとうございます!」
では、と一皿持ち上げ、フォークで食べる。
甘しょっぱいドレッシングと絡めれば、見た目が青と紫のレタスとトマトも食べられなくもない。
しかし、青と紫の野菜の上にピンクの液体というのは……視覚への暴力に等しい気がする。
とはいえ、この色味ばかりはどうする事も出来ないだろう。
少なくとも今の悠来にその知識はない。
「どうかしら? 聖女様の世界のお料理に似てる?」
「ええと、まあ、味は、多分……。でも、見た目が……」
「そう……。けれど見た目ばかりは難しいでしょうね」
見た目というか、色味が。
「他にもなにか作りましょうか? あら、メオがあるじゃない」
箱の中を見下ろしたメイリアが持ち上げたのは、悠来の世界にはない野菜。
ある意味全てなにかしら差異はあるが、形は見覚えのある野菜が多い中、それだけは全く見当も付かなかった。
なにしろ、赤くてハート形なのだ。
正直野菜かすら疑っている。
「えーと、それは?」
「メオという野菜よ。火を通すととっても激辛になるの」
「…………。うっ、うちの娘は激辛苦手なので……」
「あらそう? 残念だわ~」
危険な感じがしたので丁重にお断りした。
甘い、しょっぱいの概念が同じなら、彼女の言う激辛はこちらの想像を絶する激辛の予感しかしない。
なにしろメイリアは満面の笑みで「激辛になるの」と語尾にハートでも付いていそうなルンルン感で言っていた。
この女性は、間違いなく辛党だ。
そんな彼女が笑顔で「激辛になるの」とくればあれは危険物だ。
間違いなく、タバスコも裸足で逃げ出すレベルの代物と見た。
「じゃあ他には野菜炒めでも作りましょうか。それじゃ育ち盛りの子には足りないかしら? あとは……」
「あの、ちなみにー、なんですが……お米とかはないんですか?」
この世界に来てからずっと気になっていた事。
もっと早くメイドたちに聞いても良かったのだが、彼女らのいかにも『仕事中』な雰囲気がどうにも固くて聞けずにいた。
それに、食事をタダで毎食ご馳走になっている身としては、文句を付けるようでとても言い出せなかったのだ。
更に言うと『聖女の父親が言う』イコール『探してこい!』と捉えられそうで、それも怖い。
今考えるとその選択肢は間違っていなかったと思う。
リュカの話から、魔物や厄気で相当食糧難のようなのだ。
そんな中でそんな事を言い出したら、最低ではないか。
「オコメ? なにかしら?」
「穀物なのですが……水田に植えて半年で育つんです。こ、このくらいの、すっごーく小さな実がびっしり。それを水で洗って、水を入れて炊くと柔らかくて食べられるようになるんですが……」
「あらまあ、本当に小さいわねぇ……」
指で「こんくらい」と粒の小ささを示すが、その様子だと分からないのだろう。
お米があればオムライスやチャーハンやら……とにかくバリエーションが増える。
しかし、この様子ではお米もなさそうだ。
似たものはあるだろうか?
そう思って、この世界の穀物について聞いてみた。
きょとん、とされる。
「コクモツ? 不思議な響きね?」
「まさかないんですか!?」
「そうねぇ、聞いた事はないわねぇ」
「あの、パンを焼く時に使われるものは!?」
この世界、食事の時はバターロールのようなパンが必ず出る。
恐らく、この世界の主食はパン。
そして、パンは小麦という穀物から出来る……だったはず。
小麦があればパンはもちろんパンケーキやクレープなどのお菓子類にも幅が広がる。
甘いお菓子が大好きな真美も、きっと喜ぶだろう。
「……パン? ああ、パーンの事?」
「…………」
発音がやや異なるようだ。
複雑な気持ちで肩を落とす。
手を叩いて微笑んだメイリアは、パン……いや、パーンの作り方を教えてくれた。
パーンはパパーン粉という粉を使う。
パパーン粉はパパーンという大きな根菜を砕き、日光に当てて乾燥させる。
なんと一ヶ月も乾燥させるそうだ。
そうして一ヶ月間、乾燥させるとパパーンは触れて砕けるほどカラカラになる。
その砕けたものを使って作るのがパーン。
つまり、小麦もない。
だがそのパパーン粉とやらは、色々試せそうである。
「でも、パーンは今から作ると少し時間が掛かるわ。生地を一晩寝かせなければいけないの」
「そっ、そうですか……」
「明日作りましょう。生地はわたくしが作っておくわ。それとも、明日はなにか用事があるかしら」
「! いえ! 明日もご指導お願いします!」
結局『フェスタ』というこの世界のサラダしか完成しなかった。
だがこの程度で満足は出来ない。
頭を下げて、メイリアに頼み込む。
パパーン粉の存在は希望だ。
まさに光明が見えたというやつだろう。
明日の昼も真美の為に料理を作るのだ。
「あらあらまあまあ。ええ、ええ、もちろんよ。待ってるわね」
「はい。ありがとうございました」
「落とさないようにね」
「はい!」
サラダを二皿、持ち上げて厨房を出る。
頭を下げ、騎士団寮を出て、城へと小走りで戻った。
(あ、リュカに声掛けてこなかった。まあ、良いか)
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