第10話 染まりきれない
水溜まりを蹴る。
お気に入りのスニーカーが濡れる。
雨が靴に染みて、足が冷たくなっていく。
でもそんなのが気になんないくらい、髪も服も全部びしょびしょに濡れてしまっていた。
濡れた髪をかきあげ、周りを見渡す。
怖いくらいに静まり返った街。
どこの家も灯りがついてなくて、夜の暗さが目立つ。
ここ、どこだよ。
スマホをポケットから取り出す。
だが、いくら電源ボタンを押しても付かない。
バッテリー切れだ。
私は一つ舌打ちをしてスマホを投げ捨てた。
スマホはヒビを作り、水溜りの中に入る。
「あー壊れちった」
拾い上げるまでもない。壊れてしまったのだから。
ぴちょん。
水溜まりを踏む音がして私は顔を上げる。
目線の先にいたのは、セーラー服を着た少女だった。目つきの悪い細い目がこちらを睨む。私はこの目が嫌いだ。
「ババァここがどこか分かるか」
いつの間にか手にはナイフが握られていた。無意識で持っていたのか、それとも……。
返事をしない私に苛立ち舌打ちをする。
「おい、聞いてんのか」
すっと、ナイフを少女の胸に刺す。
少女は何が起きたかわからないという顔をして、自分の胸に刺さったナイフを見る。
少女は水溜りに向かって倒れる。
びしゃりと音を立てて、水が跳ねる。
汚い泥水になった雨水が、私の足にかかる。
瞬きをした時には、刺した少女は消えていた。
私はナイフを握っていた手を見る。
「くっくっくっ……」
なぜか笑いが込み上げてくる。
口を抑えるが止められない。
「くっくっくっ、はっはっはっはっはーっはーっはっはっ!!!!」
雨が強くなる。いつの間にか刺すように雨が降る。
……全部ぶっ壊してやる。私を、全て。
もう全部、どうだっていい。
私はぽつんと転がっているナイフを手に取る。
歪な形に曲がったナイフは、嫌なくらいに光っていて月より眩しく見えた。
それから一人、また一人と私を殺した。
もうそいつらがどんな顔をしていたかなんて覚えていない。
今日もまた一人。
私は雨に濡れた頬をぬぐう。
冷たい雨にももうすっかり慣れてしまった。
ここ数日過ごしてわかったのは、この世界はどうやらループしているということだ。
23:00から始まり、05:00で終わる。
スマホが示す日付は決まって、八月三十一日。
だが、それは私が過ごす現実とは到底信じられない一日だ。
あるはずのない一日。
なぜこうなったのか、ふと疑問に思ったことはあったが実はあまり興味はない。
私にはこの世界の仕組みが好都合だから。
ただ、“私”を殲滅する。
それが私を突き動かすただ一つの理由だ。
「あ、あの!!」
声が聞こえて私は顔を上げる。
そこにいたのは見たことのない制服を着た少女だった。
……誰だ?
私は半歩後ろに下がる。
“私”では無い。
だから関わる理由も何も無い。
私は次の“私”を探すために謎の声に呼びかける。
「次の私の居場所を教えて。」
声は答えない。
いつもならすぐに応答するのに。
私は眉を顰める。
「あ、あの?」
怯えながら私を見る少女。
私は少女を安心させるために、軽く視線を合わせる。
「貴方どこからきたの」
「え、あの、私、追われてて、あの信じられないかもしれないんですけど、子どもが!子どもが、ナイフを持って!」
少女の瞳に恐怖が滲む。
おそらくは、彼女もこの世界に巻き込まれた犠牲者なのだろう。
子どもは幼少期の彼女。
このままだと彼女はわけもわからず死ぬだろう。
……まぁ、私には心底どうでもいいことだ。
私は少女から目線を外す。
「死にたくなかったら死ぬ気で逃げろ。死にたくないなら。」
そのままこの場を去る。
声が応えてくれないのなら、自分で探すしかない。
またループして時間がまき戻るとそれはそれで面倒だ。早く見つけたい。
足を一歩踏み出そうとすると服を後ろに引かれる。
引き止めたのは案の定あの少女。
不安げに上目遣いでこちらをみている。
「ついていっても、いいですか?邪魔はしないですから、お願いします。」
私はすっと目を細める。
特にこの世界についても情報も持っていないだろうし、荷物でしか無い。
いてもいなくても変わらないなら、黙ってついてくるなら構わないか。
私はふいと顔を背け、私の服を掴む手を振り払いあるきだす。
「ついてきたいならくればいい」
後ろで慌てて私を追いかける音がする。
私は気にせず歩く。
ぴちょん。
雨が降る。
次第に雨は刺すような鋭いものに変わり私たちに降り注ぐ。
もう雨にも慣れっこで、気にせず歩く。
ただ少し体が冷えるだけ。
ばしゃんと水溜まりの水がはねる。
見ると、私の後ろをついてきていた少女が水溜まりで滑ってこけたらしい。
少女は泥だらけになった服をみて慌てふためく。
「どうしよ、お母さんに怒られちゃう。」
……気が抜ける。
この現実からかけ離れた世界ではすっかり普通の感覚がわからなくなってしまった。
普通の少女をみて、ここが現実だと錯覚してしまう。
殺意が、消えていきそうになる。
私は拳をグッと握り締め、早歩きで少女に背を向け歩き出す。
「……殲滅する。私を一人残らず。」
小声でつぶやいた決意は雨とともに流れて私に染みていく。
それまで気にならなかった雨が冷たく感じたのは、きっと気のせいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます