第4話 バグ

「僕たちはこの世界にゲームを強制させられているんだ。自分と殺し合うっていうゲームをね。」


ゆうが小さな指を私の前で立てる。


「まず、武器を持たされる。曲がったナイフを知らない間に誰かに。

そして次にもう一人の自分が現れる。

その時声が頭の中で囁くんだ。“このナイフで相手を刺せば、自分を消すことができる”って。」


「実際に調べてみて分かったのは、もう一人の自分を殺せるのは、自分だけってこと。

それに、もう一人の自分っていうのは、別の時間軸の自分ってことだってことが分かった。」


ゆうはピンクのマカロンと赤いマカロンを手に取り、私に見せる。


「こっちのピンクの方がお姉さんで、赤い方があの子どもね。お姉さんの小さい頃があの子ども。あの子がお姉さんを刺せば、お姉さんは死んでこの世界からも消え、あの子の未来としても消える。」

縦にピンクのマカロンと赤いマカロンを並べ、上のピンクのマカロンを食べてみせる。


「あの子は、どういうわけか知らないけど、おねえさんみたいになる未来が嫌だから殺そうとしてるんだ。時雨と僕はその気がないからあそこまで執念深く殺そうとしない。

つまり、強制はされてるが拒否することもできるってこと。

……まぁ、だからタチが悪いんだけどね」

「タチが悪い?」

私が聞くと、ゆうはだってそうでしょと答える。

「どうやったらここから抜け出せるかわからない状況で、未来や過去の自分がいて自分の手にはナイフ。この情報だけが与えられてたら、誰だってこれに何か意味があるんだって結局殺し合いに参加するようになるよ」

やだやだと唇を尖らせるゆう。

私はそんなゆうを見ながら感心していた。

ここまでこの状況を調べてまとめて説明できるのがすごい。

見た目は6歳くらいに見えるが、大人と話しているみたいだ。

というか、最初にあった時と少し性格が違う気がするのは気のせいだろうか。

ガチャ

扉が開いて時雨が入ってくる。

私と同じで雨に濡れて服も髪もびしょびしょになっていた。

時雨は部屋を見渡すと、舌打ちをした。

「なんだこの部屋」

「模様替えだよ、かわいいのは君にはあんまり似合わなかったかな」

時雨はふん、と鼻を鳴らし横を向く。

こっちの方が子どもっぽいな。

時雨は私達の方にずんずん近づくと、眉を顰めた。

「……俺の椅子は?」

「ないよ」

さらりと答えたゆうを軽く小突き、時雨はその場で座り込む。

「で?どこまで話した?」

「この世界のあらましまで」

「そうか、じゃああとは俺が話す」

時雨はどこからか取り出したタオルで頭を拭きながら私を見る。


「お前は気づいてないみたいだが、実は俺達は初対面じゃない。これでお前と会うのはだ。」

私は時雨の言葉を上手く飲み込めない。

私は、記憶を探るが、やっぱりこんな目つきの悪い男に心当たりはないし、こんな不思議なというか不気味な子どもに会った覚えは1ミリもない。

三十一という謎の数字に違和感しかない。

私は今日初めて、目が覚めたらこの世界にいて時雨達に会ったのだから。

こんなこと何回もあったらたまったもんじゃない。


時雨は記憶をたどるように、話し出す。


「初めて会った時、お前は同じようにあの小さな子どもに追われていた。力も覚悟もなさそうだったから助けて、しばらくここで匿うという話までした。だが次、目が覚めた時、お前はここにいなかった。」


「またお前を探しに、外に出たら、昨日と同じ場所を走って子どもから逃げていた。話しかけると、お前は、誰ですか?と俺に言った。それが三十一回。それで俺達は気づいた、お前は一日で記憶がリセットされてる。」

時雨はタオルを起き、立ち上がって私を見た。

「この世界は、一日をループするように繰り返してるんだ。だから目を覚ますと、最初と同じ場所にいるし、天気も鳥が飛ぶタイミングも全て変わらない。お前は、俺たちと違って常に同じことしか話さないゲームのキャラみたいなやつだと思っていた。だから、お前から情報を手に入れて、このクソみたいな世界から抜け出そうと思ったんだが……」

呆れたような顔をしてこちらを見る時雨。


「何にも知らなそうだな。ワンチャン黒幕だとか思ったんだけどな」


失礼だなこの人。

ゆうはおもしろそうに笑う。

「だからお姉さんはきっとバグなんだよ、この自分と殺し合うゲームの。」

ゆうが机から身を乗り出し、私を見る。

「僕たちは、このゲームを壊したいんだ。自分を殺すんじゃなくて、黒幕、このゲーム、世界を作り出し僕らを閉じ込めているやつを探し出して元の世界に帰る。これを達成するには、ゲームのバグであるお姉さんがカギになると思うんだ。協力してくれる?」

キラキラとした、こどもらしい目が私を見る。

私は、ゆうを見てそれから時雨を見る。

時雨は少し目を逸らして、舌打ちをした。

……この人は何に舌打ちしてるんだろう。

少し呆れながら笑う。


すっかり体は温まっていて、私は落ち着きを取り戻していた。

まだまだわからないし、怖いけれど、この人達と動けば分からないことも分かる気がする。

私は覚悟を決めて、顔を上げる。

「何ができるかわからないけど、やってみる」

やったぁと笑うゆう、そっぽを向く時雨。

私は不安を掻き消すように、残っていた紅茶をぐいっと飲み干した。

紅茶はもうすっかり冷めてしまっていたが、もう私の体はあったまっていた。


|



|


|

|


「そういえば、また眠ったら私忘れちゃうんですよね?」

ゆうはそうだねと頷く。

「どうしようかぁ、また説明するのも面倒だしなぁ。でも何か書いて残しても次の日には消えちゃうんだよねぇ」

「とりあえず今日みたいに逃げずにこれから協力できるようにはしないとな」

時雨がこちらを睨む。

いやぁ、だって、ねぇ。

私は目を逸らす。

「一応思い出したりしないかなって思って工夫はしたよ僕」

「工夫?」

時雨が目を細める。

「ほら、家の前に看板に、お姉さんの名前書いてあったでしょ?」

私は、家の扉にかかった“蚕”の看板を思い浮かべる。

「あれ、私の名前だったんだ。私かいこだけど、蚕じゃなくて海に子で海子なんだよね」

ゆうが驚いたような顔をする。

「へー変な名前」

失礼だな。

ゆうは私の名前を繰り返し呟きながら宙に指で書く。

「じゃあ、看板を書き直そう!」

ゆうはそう言って椅子から飛び降りて、外に出る。

必然的に時雨と二人きりになる。


「………」


「………」


こういう空気感苦手なんだよなぁ。

私は気まずい空気感を誤魔化すために、クッキーとマカロンを黙々と食べる。

そしたらあんまり沈黙も気にならなくなった。

けれど、逆に黙々と食べ続ける私に違和感を抱いたしい。

時雨は少し引き気味な顔をして、

「お前、食いすぎじゃね?」

と言った。

この人は本当に乙女心がなんたるかを分かっていない!!

私は直接言ってやろうかと思ったが、怒られるだけだと思ったので心の中だけに留めておくことにした。

これからのことを考えると、関係を悪化させるようなことは避けたいし。

私は笑顔を作り、

「甘いものが好きなんです〜」

と返した。

よし、完璧。

そんなことをしていると、ゆうが看板を両手に抱えて帰ってきた。

「見てよ!じゃーん!!」

看板には、“welcome to 海子”の文字。

最初より随分と改善されている。

私がゆうを褒めると、ゆうは嬉しそうに笑う。

笑った顔は年齢相応な可愛らしさがある

「まぁ、目が覚めたら消えてるからまた書かないといけないんだけどねぇ。でもワンチャン覚えていたら、これを目印に来てね!お姉さん!」

私は頷く。

忘れないように、私も努力してみよう。

「ゆう、もうそろそろ日が昇る」

時雨の声を聞き、ゆうは慌てる。

「わぁ、どうしよう、まだ言わなくちゃいけないこともあるのに!」

私はなぜそんなに慌てているのかわからず首を傾げる。

時雨はそんな私に気づき説明してくれた。

「この世界は、1日を繰り返してるって言っただろ?細かいことを言うと、決まって夜の11時から始まって朝日が登る5時の6時間をループしてるんだ。」

「もうすぐ、5時なんだ」

時雨は頷く。

「またお前は目が覚めたら、あの子どもが襲ってくるはずだ。だから、逃げろ。俺もできるだけ早くお前を回収しに行く。」

それは、心強いけど、不安でもある。

もし、さっきまでのことを本当に忘れているんだとしたら、私はちゃんと逃げることができるか確信が持てない。

ゆうが私に焼石に水の一言をかける。

「大丈夫大丈夫、僕たちが会った時はずっとちゃんと逃げてたから。まぁ、こいつが間に合わなかったらごめんなんだけど」

全然大丈夫じゃない……。


窓から次第に日の光が差し込んでいく。

同時に眠気が襲いかかる。

雲がかかるように薄くなっていく意識の中で、最後にゆうの言葉が聞こえた。


「また八月三十二日の夜で会おう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る