第二章 時雨賢翔
第5話 よるをさす
「おはよう、
嫌な声が聞こえて俺は目を覚ます。
体を起こすと、鼠色の壁が目に入った。
相変わらず壁にはシミがついていて、汚い。体を起こし、横を見るといやにニコニコした顔を浮かべた子どもがこちらを見ていた。
ピンク色の少し跳ねた髪の子ども。
名前は、ゆう。
「よく寝れた?」
「……寝た気がしねぇよ」
俺はポケットに入ったスマホを見る。
午後11時。
いつもと同じだ。
俺は立ち上がり、軽く伸びをする。
その隙にゆうが俺のスマホを奪い取る。
「あれ、つかない。ちょっとパスワード設定してるじゃん最悪!教えてよパスワード!」
教えるもんか。
ただでさえこの世界はループしているのだから、一度設定してあるパスワードは変えることができない。
一度教えたら、終わりだ。
俺は黙ってスマホを奪い返し、扉を開けて外に出る。
するとちょんちょんと背中を突かれる。
振り返るとゆうが傘を俺に差し出していた。
「きっと雨が降るから、傘持って行きなよ」
……きっとじゃないのはわかりきっているくせに。
俺は差し出された傘を黙って受け取り、扉を閉める。
手に握られた傘を見る。
妙に可愛らしいピンク色の傘。
「……なら2本渡せよ」
俺はチッと一つ舌打ちをする。
外はいつもと変わらず、雨の匂いがした。
しばらく歩くと、膝に手をつき、少し荒い呼吸をしている女が見えた。
まぁ状況的に確実に誰か分かっている。
俺は女に声をかける。
「おい」
女は少し体をビクッとさせ、おそるおそる顔をあげる。
肩より少し長い黒髪に、大きい瞳がよく映えている。
真白海子だ。
真白は、俺の顔を見ると少し安心したような顔をする。
それも昨日と同じだ。
俺は一応確認のため、名前を確認する。
「真白海子、だよな?」
真白はまた体をビクッとさせ、また大きな目が不安の色に染まる。
あー、やっぱりまた覚えていないのか。
俺は軽く舌打ちをする。
まぁ、これで三十二回目だから今更か。
前回は、今までで一番会話ができたから少し何か変わったのではないかと期待したが、やはりそう上手くはいかないらしい。
……とりあえずあの子どもから逃げつつ、あの家まで連れて行くことが目標だな。
俺は怯えた表情の真白に声をかける。
「子どもに追われてるんだろ?助けてやるからついて来い」
真白はまだ警戒をしたまま俺を見る。
「あなたは、誰ですか?」
また同じ質問。
いい加減聞き飽きてしまった。
俺は簡潔に答える。
「時雨」
「……はい」
「俺の名前」
真白はなぜか少し驚いた顔をしてから、小さく俺の名前をつぶやく。
似合わないとか失礼なこと思っていそうだ。
瞬間。
視界の端に黒いサロペットの子どもが少し見えた。
幼少期の真白海子。
俺はさっと傘を開き、真白に持たせる。
真白は目をぱちくりさせながら、傘を受け取る。
「……え、傘?」
「今から雨が降るんだよ」
俺は少し乱暴に真白の手を取り、走り出した。
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「あの!貴方も子どもに追われてるんですか?!」
走りながら真白は俺に質問をする。
だが、俺に答える余裕はない。
真白は気づいていないようだが、今も後ろに子どもが追いかけてきている。
俺は角を曲がったり、赤信号を避けたりして子どもを撒きながら、ひたすらノンストップで走り続ける。
俺は走りながら考える。
……おかしい、早すぎる。
前回は、まだこの時は子どもの姿は見えなかったのに。
いち早くあの家に真白を向かわせたいが、このまま行くと、子どもに場所がばれるし、真白に行けと言っても覚えていないから無理だ。
だから俺は走って子どもから逃げながらこいつをあの家まで無事に届けなくてはいけない。
「あ、あの子ども!!」
真白は今気がついたのか、走りながら後ろの子どもを見ている。
「気づいてなかったのかよ……」
道を曲がり、できるだけ広い道に出るようにしながら走る。
真白を殺そうとする奴が子どもでよかった。
超人的な身体能力を持つ殺人鬼でも、超スピードがあるわけでもないから、すぐに撒ける。
面倒なのは、あのナイフだけだ。
俺は子どもの姿が見えなくなったことを確認して、ゆっくりとスピードを落とす。
真白は後ろを振り返りながら、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返している。
少し走らせすぎたか?
だが、早めにあの家に真白を送ってしまいたい。
俺は疲れている真白に声をかける。
「まだ追いかけてきてるかもしれないから、休まずこのまま向かう」
「ど、どこにですか?」
ちょっと待ってくださいと言いながら、真白は歩き出そうとする俺を引き止める。
早く動き出したい俺は思わず舌打ちをする。
「隠れる場所があるんだよ、仲間もいる。ずっとこのまま走り回るつもりか?」
真白は、少し不満を顔に出しながらも渋々頷く。
また歩き出そうとした時。
道の角から黒いサロペットの子どもが出てくる。
「なんで……ちゃんと巻いたはずだろ」
驚く俺を見て、小さい真白海子はくすりと笑う。
「昨日も、おんなじ逃げ方してたじゃん」
子どもだからと油断していた。
俺は真白に小声で走れと囁く。
「この道をまっすぐ行って、信号を右に曲がったらまたすぐ右。そしたら“海子”の看板がある家を見つけて、入れ。」
真白は、混乱しながらも小さく頷き走り出す。
子どもはなぜか走り出した真白を追いかけず、俺をまっすぐ見ていた。
俺は目を細める。
もしかして、狙いは真白海子じゃない?
子どもの真白は、俺を見てにこりと笑う。
「少し、しぐれさんと話して見たくて。」
俺はちらりと後ろを見る。
真白を今追いかけたとして、場所がばれる。
いや、もうバレてるのか?
どちらにしろ、とりあえず俺はこの子どもを止めるためにもここを離れない方がいいか。
なら、情報を聞き出す方に頭を使おう。
子どもは俺が動かないのを見て、嬉しそうに頷く。
「よかったぁ、話聞いてくれるんだ。」
子どもは一歩ずつゆっくりと俺に近づく。
「真白海子について話したいの。
しぐれさんは、逃げてる人なんでしょ?
ここから抜け出したくてたまらない人なんでしょ?なら一番簡単な方法を教えてあげる。」
子どもは俺との距離数センチまで近づき止まる。
子どもは見上げるようにして俺を見る。
子どもは小さく笑って言った。
笑った顔は少し真白の面影があった。
「真白海子を殺すこと。
それがこの世界から抜け出すための条件なの。だからもしよかったら、しぐれさんにも協力してほしいの」
俺は冷たく言葉を返す。
「嘘だな。お前が殺したいだけだろう、俺は協力しない。」
残念と、子どもは眉を下げる。
「じゃあ、私一人でやるからいいよ」
子どもは俺の横を通り過ぎようとする。
が、当然それを俺は逃がさない。
「行かせねーよ」
「邪魔」
小さな顔によく映える大きな目がこちらを睨む。
「あなたに私は殺せない。」
「殺す以外ならできる」
子どもは俺から顔を逸らし、サイテーとつぶやく。
最低で結構。
子どもは観念したように両手を上げる。
手にナイフはない。
「今回は、やめておくわ。」
子ども俺に背を向けて歩き出す。
そろそろ、真白もゆうと合流できているはずだ。
逆方向に向かって歩く子どもに俺も背を向け、歩き出す。
背中越しに声がした。
「また、次回会おうね。しぐれさん」
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