第6話 貴方と私おともだち
一応子どもの真白に後をつけられないように、遠回りをしながら俺はあの家に向かった。
“うぇるかむとぅー海子”に書き換えられた看板が見えた。
玄関前には、ピンクの雨に濡れた傘が壁に立てかけてあった。
真白は無事ここに来れたのだろう。
俺はほっと息をつき、ドアノブに手を伸ばす。
ガチャ
雨に濡れてしまった黒い革ジャンを脱ぎながら中に入る。
「「お友達♪ お友達♪ 私と貴方はお友達♪」」
謎のリズムを刻みながら、部屋の中でスキップをする真白とゆう。
なぜか鼠色の部屋は、白い壁で観葉植物が飾られた少しオシャレに様変わりしていた。
……また、こいつが模様替えしたんだろうな。
この世界は一日をループしてるから、今何をしても次目が覚めたら何も残らない。
なのに毎回毎回、部屋の模様替えなんかして何が楽しいのか。
ゆうの考えていることはよくわからない。
ゆうが俺に気付き手を振る。
「やぁ、けんしょー。遅かったね」
俺はチッと舌打ちをする。
下の名前で気安く呼ぶな。
真白も俺に気付き、ぺこりと会釈する。
俺は二人を見てはぁ、とため息をつく。
「……で、何やってんだよ?」
ゆうはなんてことないように答える。
「友達リズムをね、お姉さんとね。」
「友達リズム?」
聞いたことがない言葉に俺は眉を顰める。
ゆうは真白に何やら目配せをする。
と、二人でバッと向かい合う。
「「ワタシトアナタはともだ〜ち!!」」
そのままイェーイとハイタッチする二人。
謎にカタコトな日本語なのが鼻につくが、本当に何がやりたいのかわからない。
というか、記憶を忘れているのにこのノリをゆうとできる真白は一体どういう神経をしているのだろうか。
記憶を取り戻してはなさそうだが。
真白にちゃんとこの世界のことやらもろもろ説明したのだろうか。
まだ謎の友達リズムを刻んでいる二人に俺は声をかける。
「説明は?」
ゆうは両手で丸を作って見せる。
「終わってるよん」
俺はよし、と頷く。
「ワンチャンあの子どもにここがバレた。追ってくる可能性もあるから、場所を変えた方がいい」
真白が少し体をびくりとさせる。
よっぽどあの子どもに追いかけられたのが怖かったらしい。
対してゆうはあーやっぱりと反応する。
「変だと思ったよ、お姉さんだけ突然家に駆け込んでくるからさ。何ごとかと思ったよ。」
やっぱりなんとなく察してたか。
ゆうは子どものくせに明日頭の回転が速く、察しがいい。
あわよくばここから逃げてくれればよかったがのだが。
俺はジト目でゆうを見る。
ゆうはにこりと笑ってみせるだけ。
状況的から察していたのなら、ゆうはもうここにはいないと思っていた。
真白が一人で駆け込んできた時点で、緊急事態なのはすぐに分かる。
原因はもちろんあの子どもだということも。
真白の安全を最優先するなら、この家の場所がバレている可能性を視野に入れて場所を変える方が得策だとゆうなら考えると思っていた。
だが、こいつはそうしなかった。
家にいる方が安全だと思った?
意図を汲み取れなかった?
いやそれはない。
こいつは俺より頭が切れるガキだ。
まぁまぁこの世界で長く一緒に過ごしているから分かる。
こいつは、どちらでもいいと思ったんだ。
もし、子どもがここまできても来なくても、どちらでも構わない。
言い換えれば、子どもが来て真白が死んでも子どもが来ず真白が生きていてもどちらでもいいということだ。
……だから、俺はこいつを信用できないんだ。
俺の視線に気づくと、ゆうは困ったように肩をすくめる。
「あ、あの!」
ピリついた空気感に耐えられなかったのか、真白が俺とゆうの間に入る。
「傘、ありがとうございました……けんしょーさん」
「下の名前で呼ぶな!!」
俺はまた一つ舌打ちをした。
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この世界のおかしなところは、俺ら以外人がいないってところだ。
だから、車も通らない。
一応信号は守ってはいるが、正直意味がない。
それでも守るのは、体にそれが染み付いているからというのもあるが、いつも通りの生活をしていないとこの世界に馴染んでしまうからというのがある。
この自分と殺し合いを強制されるクソみてぇな世界に。
命の重みなんてまるでないように見せるこの世界が、俺は嫌いだ。
俺はトントン、と頭を叩きながら二人を見る。
二人、真白とゆうは俺の前で正座をしている。
正座しろなんてこっちは一言も言ってないのだが。
俺は気にせず話を始める。
「この世界はループしている。だからこの場所が一度バレれば一巻の終わりなんだ。だから万が一を考え、場所を移す。」
「はい!けんしょ……じゃないしぐれさん」
真白が学校のように挙手をする。
俺は早く言えと目で催促する。
真白はごくりと頷き口を開く。
「外は、危ないんじゃないでしょうか。あの、ナイフ持ってるこどもとかいたり。」
「確かに僕怖いよー」
ゆうがおどけたように言う。
俺はそんなゆうを冷めた目で見てから、真白に答える。
「すぐに移動できるように、安全そうな場所を下見しておきたいだけだ。今夜はもう、襲ってくることはほぼないと思う」
あの子どもが言った通りなら、だが。
真白は、俺の言葉を聞くとふーんと頷く。
あんまり興味なさげだな。多分適当にノリで質問しただけだな。
どうにもこういうタイプとかそりが合わない。
俺は一つ舌打ちをする。
「で、誰が行くの?それとも全員とか言わないよね?外は雨だし僕やだよ」
ゆうはあまりやる気がなさそうに答える。
真白は少し驚いた顔をする。
「え、時雨さんが行くんじゃないんですか?」
「あ?」
ゆうはここぞとばかりに頷く。
「やっぱり、けんしょーだよねぇ」
二人がこちらを見る。
やっぱりこうなるか。
まぁ、真白は危険だし除外するとして、ゆうが行くはずもなかった。
雨に振られながら真白を庇っていた俺に、無慈悲にまた外に送り出すのがこいつだった。
俺は諦めて、扉を開ける。
家を出る前にゆうに声をかける。
「殺すなよ」
ゆうはまさか、と笑う。
「僕は殺せないよ」
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