第2話 説明してちょうだい
「僕達と一緒に、この世界をぶっ壊してほしいんだ」
子どもは私の反応を楽しむようにニコニコと笑う。
私はまだあんぐりとあいた口を閉じられない。
「お姉さんはまだ僕らのことを疑ってるみたいだから言うけど、僕たちは君と同じ逃げる側の人間なんだ味方だよ」
時雨はしらけた目で子どもを見る。
「僕たちねぇ」
子どもは気にした様子もなくにこりと頷く。
「けんしょーと僕の仲じゃないか」
気に障ったのか時雨は舌打ちをする。
「キショ」
子どもは呆れたような目で時雨を見る。
「あーうるさいなぁ、舌打ちしないと君は死ぬのかなぁ。」
「お前がイラつかせるからだろうが」
時雨の言葉を子どもは笑って受け流す。
「ははは、そんなんだから怖いって言われるんだよ直した方がいいよ」
「だから、お前の生意気な態度のせいだろうが!!」
側から見ると兄弟喧嘩のようだ、と私は思った。
喧嘩するほど、仲がいいのだろう。多分。
私は少し、ほっこりした気持ちで二人を見る。
言い争いに飽きたのか、子どもはこちらをみて言う。
「ごめんね、こいつ子どもなんだよ」
時雨は何か言いたげな目をするが無駄だと思ったのか、また舌打ちをしてそっぽを向く。
この人は、今日だけで何度舌打ちをしたのだろうか。私と会ってから6回以上は舌打ちしている気がする。
「お姉さん質問したいことたくさんあるでしょ。せっかくだからゆっくり座りながら話そうよ。」
子どもは時雨に何か目で合図をする。
時雨は一瞬嫌な顔をしてから、壁に向かう。
そして何かを探るように壁を触りはじめる。
「どこだっけ」
「6の3だよ」
時雨は、壁を伝いながら、ある場所で止まる。
そしてそこの壁をぐっと押し込む。
すると、壁の中に吸い込まれるように手を入れたかと思うと、抜かれた手には、ペットボトルの紅茶と缶のホットココアが握られていた。
びっくりだ。
私は片手で缶とペットボトル同時に持てなんてすごいなと、少し感心する。
時雨は、空いた片手で、もう一度また別の場所をグッと押す。
すると今度は、床から机と椅子が現れる。
ここは不思議ハウスなのだろうか。
よく見ると、壁や床に碁盤の目上の溝が見える。
時雨はその机にココアと紅茶を置く。
子どもは嬉しそうにペットボトルの蓋を開け、紅茶を飲む。
私はちらりと時雨を見る。
時雨は私の視線に気づくと、どうぞと言ってココアを私の手に乗せる。
温かいココアだ。
少し雨に降られて体が冷えていたからありがたい。
一口ココアを飲む。
温かい優しい甘みが広がる。
……うん、少し落ち着いた。
私は早速ニコニコと紅茶を飲む子どもを見て、一つ質問する。
「あの、じゃあ、まずあの、貴方達のことと目的を詳しく聞きたいです」
子どもは待ってましたというように頷く。
「自己紹介が遅くなったけど、僕はゆう。漢字は好きな漢字をあてていいよー」
冗談めかして笑う。
次は時雨だろうか。
名前はもう聞いたから自己紹介は必要はないといえばない。
時雨は私の視線に気づくと、めんどくさそうに舌打ちする。
「時雨」
「何かっこつけー?ダサいよそれ」
ゆうと名乗る子どもがププと笑う。
癇に障ったのか、あてつけのようにゆうの紅茶を奪いゴクゴクと飲む。
「あー!!僕の紅茶!!」
だが時雨は紅茶何苦手だったらしい。
不味そうに、うぇ、とえずく。
本当に兄弟喧嘩をみているようだ。
だが二度目となると少しくどく感じる。
今はそれより私の質問に答えて欲しい。
私は話を催促する。
ゆうはうずうずする私に気づき、ごめんごめんと言って時雨と喧嘩するのをやめる。
時雨よりはゆうの方が大人かもしれない。
こんなに小さいのに。
「僕たちの目的だったよね。
実は、お姉さんを追いかけていたあの子どもはね、君だよ。小さい頃の君。あの子はお姉さんを殺すことで、自分の未来をなかったことにしようとしてるんだ。」
あの子が、私?
私はあの子の姿を思い返す。
確かに、言われてみれば、小さい頃の私そっくりだったかもしれない。
だけどなんで?
なんで私を殺そうとするの?
なんで……私をなかったことにしようとするの?
というか、ありえるのだろうか。
それはタイムスリップみたいなことなのだろうか。
私は上手く話が飲み込めず頭を抱える。
私の頭に入りきらない情報量だ。
「残念だけど、なんで?っていう質問には答えられない。僕たちもそれを探ってるからね。僕たちの目的は、過去や未来の自分と殺し合いを強制するこの世界からの脱出。
とりあえずお姉さんは、あの子から逃げなきゃいけない。殺されたくなかったらね。」
ゆうは一旦そこで言葉を区切り、椅子からおりる。壁際に寄り、時雨のように壁をぐっと押し込む。
すると、引き抜いた手に持っていたのは、ナイフだった。
あの子どもが持っていた曲がった、ナイフだ。
嫌な汗が流れる。
「あの子から完全に逃げるには今の所、あの子をお姉さんが殺すしかない。
あー大丈夫、本気で命を取るわけじゃないから。」
先ほどと変わらない顔で笑う子ども。
その顔が私にはひどく気味悪くみえた。
大人っぽいんじゃない、異質なんだ。
「心臓にぐさり。魂を、残さないように刺す。これが一番手っ取り早い生き残り方だ。」
子どもが私を不思議そうに見る。
私は自分に意識を向ける。
手が、震えていた。
私は、怖がってるらしい。
小さい私に殺されることより、私が小さい私を殺すことが、怖いのだ。
私は震える手をぎゅっと握りしめる。
「……私、帰る」
絞り出して声を出し、飛び出すようにここを出る。
何か背中から時雨の声が微かに聞こえたが、振り返らずに私は早歩きで来た道を戻る。
雨が降っていたけど、雨なんか気にせずただ歩いた。
どうして、私が。
どうして、私が。
ただそう心の中で唱え続けた。
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