10年目 異常事態
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
ヴァール(???)
妹尾万三郎(25)
歴史上初めてにして現状唯一、能力者が戦争に投入された戦争、能力者大戦の勃発。
能力者という新たなる"兵器"を人間同士の殺傷目的に利用せんとする各国に対し、国連はソフィア・チェーホワ率いる能力者同盟を参加組織と認定。彼女らに能力者の保護とスイスへの隔離を行わせることで事態の収拾を図った。
彼女たちのみならずレベッカ・ウェイン、シェン・カーン、妹尾万三郎など後の世にも名高い能力者達が参加しての戦線への横槍。
当初は上手くいくか怪しまれた同盟の行いであったが、元より戦前から反戦活動を各地で行っていたことから大衆感情も良く、またソフィアの圧倒的実力およびカリスマをもって、一気に大量の能力者の保護が実現していた。
────しかし。事態は終戦への目処が立つか立たないかというところで一変した。
極めて異常な現象が世界各地で、ほとんど同時多発的に起き始めたのだ。
モンスターが、ダンジョンから地上に出てきて近隣住民を襲う現象、通称スタンピード。
それがありえないほど大量に、頻繁に起き出していたのである。
戦争を防げなかった時点で順調などとは口が裂けても言えないが、それでも能力者大戦終結へのアプローチそのものはそれなりに上手くいっていた。
元より反戦を訴え続けてきた能力者同盟が、武力行使をもってでも能力者の保護に動いたのである。国連公認という錦の御旗を得たこともあり、世界各国の反戦派や平和主義の能力者達の指示は大いに得られていた。
スイスにはすでに多くの能力者が集っており、国連はその事実をもって各国に戦争の早期終結を強く訴えかけていた。
そもそもが能力者を軍事利用したい、という手段ありきでの争いなのだから、その手段が成立しなくなればいきり立っていた各国もある程度沈静化するのは自然の成り行きだった。
来年中にはおそらく、この大戦も終わるだろう。
そう思っていた矢先のヴァールに、思いがけない電報が届いたのはつい数時間前のことだった。
能力者同盟幹部の妹尾万三郎と二人、ソファにて向かい合ってテーブルの上に広がる報告書を睨む。
それはスタンピード……ダンジョンからモンスターが地上に出てくる異常現象が、ここ半年の間に世界中の至るところで発生している、という緊急のシグナルだった。
「ヨーロッパ圏で30件、アジアで49件、特に日本では25件……アメリカに至っては80件ものスタンピードが発生か。ありえん」
「10年間で100回しか確認されてこなかった現象が、ここに来て半年で倍近くの頻度ですからねえ」
ヴァールが珍しく、無表情の中にも困惑と疑念を浮かべて報告書を見ている。それに対する妹尾もまた、口振りは飄々としながらも不安げな、あるいは興味深げな様子を醸し出していた。
この場に妹尾がいるのは、彼がモンスター学という最近になって生まれた学問分野の提唱者にして第一人者だからだ。
歳は25と新進気鋭ながら、そもそもこの学問自体が生まれたてということもあり、探査者としても当時の基準で言えば一流だった彼はすでにとある日本の大学における准教授の位置にまで登り詰めているほどだ。
そんなモンスターに纏わる学問のプロフェッショナルともいえる彼の知見を借りてまで、ヴァールはこの、あまりにも突然乱発し始めたスタンピードへの対抗策を練りたがっていた。
皮肉なことに頻発する異常事態に際し、世界各国は軍事利用していた能力者達を慌ててそれへの対抗馬として起用。戦争どころでは半ば、なくなったのだがそれはそれ、これはこれである。
このままではモンスターによる人死にが大量に出る。無辜の民に、被害が及ぶ。
それを何よりも危惧するヴァールに、妹尾はふむと顎に手をやり、そしておずおずととある可能性について論を展開した。
「……仮に、ですよ? 仮説ですが、もしも。もしも、これが何者かによる人為的なものだとしたら」
「なんだと……?」
「急にこれだけの頻度でスタンピードが発生するなど、自然現象と片付けるにはあまりに不自然すぎます。また、かねてよりモンスターをダンジョン内の特定位置に誘導する研究はモンスター学でも行われてきました。それを応用すれば、あるいは」
「…………モンスターを、地上に差し向けることさえ、可能というのか!!」
想像を超えた事態が起きている可能性に、ヴァールは血相を変えて立ち上がった。唖然とする妹尾にも構わず、怒りに拳を強く握る。
あり得ない──あってはいけない。意図的にモンスターを地上に誘導して、あまつさえ罪なき人々にけしかけようどと。たとえ可能性の段階であってさえ、赦されない所業だ。
しかし、そう考えるといろいろ腑に落ちるところもあるのが事実である。通常、スタンピードなどそこまで起きる話ではないのだ。それをヴァールはよく分かっている。
ナニモノかの悪意。第三者による介入の気配を感じて……彼女は直ちに行動に出ることを決意した。
妹尾に告げる。
「これよりワタシは世界各国を渡り、各地のスタンピードを現地で鎮圧する。何者かの誘導があるならば、そうしていれば必ず尻尾をつかめるはずだ!」
「そんな乱暴な!? ちょっと待ってくださいよヴァールさん、一人で動かずカーンさんやレベッカくんと連携して」
「彼らには彼らの持ち場がある、ここはワタシ一人が出向く! 《空間転移》!!」
すっかり激高して、無表情が目つきだけを鋭くしてヴァールは自前のスキルを使用した。瞬間、異なる地点の景色を映すワームホールが目の前に現出する。
《空間転移》。ヴァールだけが持つ、遠く離れた二地点の空間をつなげて行き来できる長距離移動スキルだ。
これにより彼女はどこへでも好きな場所へと向かうことができる。それなりに交友のある者の前にしかみせない、特別なスキルの一つだった。
「あっ、ちょっと……! まったく、行っちゃったよ。ソフィアさんとは本当に別人なんだな、短絡的というか猪突猛進すぎる……」
妹尾の前でどこぞかへ空間を繋げた彼女がそのままワームホールを潜り抜け、スキルの発動が終わった。
消えていくワームホール、残された妹尾。あまりにも勢い任せの行動を起こしたリーダーに、彼はため息交じりに頭を掻くしかなかった。
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