8年目 大戦前夜

本エピソードの主要な登場人物

()内は年齢


ソフィア・チェーホワ(??)

グラール・スミス(56)




 大ダンジョン時代が始まって7年頃、世界は不穏な疑念と憎悪、敵意に塗れていた。

 突如として現れた能力者達を、軍事利用した世界各国の対立が激化していたのだ。

 

 この頃になるとレベル100を超える能力者もチラホラと出てきて、そうなれば非能力者とは比較にならないほどの身体能力や強度を誇る。

 スキルによる超常的な現象を引き起こすことも含めて言えば、まさしく彼らは超人だ。


 そんな存在を、国際的な枠組みなどもないというのにみすみすダンジョンやモンスターだけにあてがう国などあるはずもない。

 主に軍事を中心に、社会の中の様々な産業において彼ら能力者は利用され始めていた。

 

 そうなると当然、非能力者達との扱いや社会的地位などの格差問題も発生する。

 日毎に反能力者主義を標榜する民は増えていき、どんどん能力者の肩身は狭くなっていく。そうして行場を失った彼らは、国に助けを求めた結果、さらに軍事的な方向性で活用されていく。


 かくして世界はまさしく大戦前夜。

 能力者を使っての大戦争を目前に控えた、危険な空気がそこかしこに漂うこととなるのだった。

 

 

 

 ────戦争が起きる。ソフィアは社会情勢からそう確信して、重く、深いため息を吐いた。

 大ダンジョン時代が始まる前からある程度想定できていたことではあるが、やはり、こうなってしまう前に手を打てなかったことは悔やまれた。

 

「能力者の軍事利用。そもそも能力者についての国際的な取り扱いの取り決めもない現状では当然発生する問題ではありましたね……国連はどのようになさいますか?」

「どうもこうも、お手上げだよチェーホワ嬢」


 スイスはジュネーヴ、国連本部施設。その中でも最大権力者たる事務総長の座す執務室において、ソフィアと国連事務総長は難しい顔をして向き合っていた。

 グラール・スミスというアフリカ系の男性だ。スーツ姿だがネクタイは緩め、多少ラフさを醸している。


 だがそれは決してリラックス状態だということを意味しているのではない。むしろ逆で、緊張と不安に苛まれているのを少しでもリラックスさせるべく、首元を楽にしているのだ。

 天下の国際組織のトップをしてそうせざるを得ないほどに、国際情勢はもはや秒読み状態であった。ソフィアに向け、肩をすくめて切り返す。


「我々には能力者に関連する機関自体がなく、それゆえに国際法もまるで間に合っていないのだ。君達"能力者同盟"が接近してくれていなければ、そして我々と協力関係になければ……正直すでに大戦は始まっているだろうよ」

「今現在、各国に住む私の仲間達が反戦活動および、能力者の保護活動をそれぞれの国で行っていますが焼け石に水ですね。多少の時間稼ぎが関の山でした」

「本当はその間に、君達を正式に国連機関として迎え入れて法整備をしたかったのだが。もはや欲に目が眩んだ各国はどこも聞く耳を持たない。能力者の存在は、世界にとって魅力的すぎたのだ」

 

 嘆息してグラールは頭を掻いた。整髪剤で整えられた50過ぎの頭髪が、乱れていくらか前に垂れる。

 国連にとって状況は最悪だった。戦争を止められないばかりか、能力者をむざむざと軍事利用させてしまい、かつそれに対してなんら法的拘束力を持たないのだから。

 

 それはすなわち国際機関としての調停力不足の露呈。

 国連には各国の軍事行動に対して、遺憾の意を表明するしかできないのだというのが白日の元に晒されたのである。

 

 無論ながらここに至るまでに、国連とて自分達にできることをしようとしていたのは言うまでもない。

 この時点ですでにソフィアが、世界各地の能力者達とコミュニティを構築することで結成した"能力者同盟"は見事国連に接近していたのだし、時間さえ許せばそこから国連が喉から手が出るほどに欲していた"国連による国際的な能力者機関"の結成とて難しくはなかっただろう。


 事実ここから数年後、能力者戦争の終結と同時に能力者同盟を前身とした国際能力者連携機構、直後に改名して"国際探査者連携機構"、通称WSOと呼ばれる国連組織が発足される。

 つまるところ一足遅かったのだ。ソフィアにしろグラールにしろ、能力者同盟にしろ国連にしろ……あと1年動きが早ければ、歴史に残る能力者戦争もその様相をいくらか小規模なものにできていたかもしれなかった。

 

「先月起きた西欧での軍事衝突が致命的だった……戦火は広がるぞ。チェーホワ嬢、ここから我々は何ができる? 何をすべきだ?」

「まずは何をおいても能力者を一人でも多く、世界の軍事行動から切り離します」


 恥も外聞もなく問いかけるグラール。彼としても忸怩たる思いだがさりとて、ことここまで事態が進行している以上もうどうしようもないと諦めが先に来てしまう。

 萎えそうな気持ちを、せめてどうにか平和への希求という使命と責任から奮い立たせて尋ねる彼に、ソフィアは短く、力強く答えた。なんとしても能力者を、人同士の衝突の場から切り離すべし、と。

 続けてその論拠を話す。


「各国揃って、手に入れた"兵器"を振るいたくて仕方ないのならばそれを取り上げてしまうまで。少なくとも能力者が介在しない戦場ならば、国連にもまだ手の打てる余地はあるかもしれません」

「うむ……! となると能力者達の逃げ場所を用意せねばならないな。そこは国連が中立地帯を用意しよう!」

「ありがとうございます。それでは能力者同盟は、各国で説得した能力者達をその土地にまで連れてくる役目を担います」

 

 人知を超えた戦場を望む各国から、人知及ばぬ能力を取り除き野心や欲望を抑え込む。

 それは同時にソフィア自身の、能力者達の保護とさらなる一手、国際機関としての能力者組織の人員とするための策謀をも兼ねた一石二鳥の案でもある。


 もちろんそうした事情も把握した上でグラールはうなずいた。せめて各国の望む構図など描かせないようにしなければ、世界は際限ない地獄の様相と化してしまう……そんな危機感を持つがゆえに。

 

 ────この時より半年後、大ダンジョン時代が始まって8年を数える頃。恐れていた能力者を投入した戦争は勃発する。

 能力者大戦。その終盤には第一次モンスターハザードまで引き起こされ、結果的にソフィア・チェーホワを大躍進させるに至った、歴史上における最後の戦争であった。

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