5年目 シェン一族の里
本エピソードの主要な登場人物
()内は年齢
シェン・カーン(29)
シェン。独特の武術である星界拳を駆使し、代々何人もの名探査者を輩出してきた武術家一族である。
彼らは中国内陸地のとある秘境に里を設け、そこで永年に亘り己が武術の腕を磨き、そして次世代へと受け繋いでいる。
一族の里をシェンの里と呼ぶが、その始まりは96年前。始祖たるシェン・カーンとその家族が内陸地にやって来て集落を作ったのが始まりである。
そこにはどのような事情があったのか? 一説によるとWSO統括理事との約束があったというが、今に至るまでソフィア・チェーホワからもシェン一族ゆかりの探査者からもコメントはない。
すべては大ダンジョン時代到来から4年が経過した時の、カーンの胸の内ということであった──
ヴァールとの出会いから3年。カーンはダンジョン踏破とそれに伴うモンスターとの激闘を繰り返し、すっかり当時最強の能力者として大陸に名を轟かせていた。
この時点でレベルは200を超え、星界拳の切れ味もより精密かつ高度なものになっている。齢30も近くなってきたこともあり肉体的にも精神的にも脂が乗りに乗った、まさしく全盛期と言った状態にあったのだ。
そんなカーンだがこの頃、妻子や親類、親戚を連れて都市部を離れ、内陸地の秘境とも言うべき原野に移住を果たしていた。
何一つ文明的なもの、文化的なもののない土地を一から開墾し、拓き、そして家を作り農耕さえ行い始めたのである。
幸いにして周囲を囲む山を越えれば農村はいくつもあったため、交易などによる資材の確保はできた。
最初はそれを頼りにしつつ、やがては自給自足の里を興すまでに軌道に乗らせる──カーンの夢見るシェンの里構想は、ここから始まりを迎えたのであった。
「これは、大恩あるソフィアさんとの約束だ。そして同時に我ら星界拳を使うシェン一族にとって、大きな飛躍の機会でもある」
集会所に一族100人ほどを集め、この日カーンは力説していた。月に一度と定めた定例会の中、ついに里を興す理由について聞かれたのである。
なぜ便利に暮らせる都市を離れて、そもそも生活環境を一から作らなくてはいけないのか。星界拳の鍛錬は町の中でもできるはずだ、と、そのような一部親類からの質問を受けての説明会でもあった。
「みんなも知っての通り、僕達シェンは星界拳を使い世にその名を轟かせることを目標にしている。今はまだ、僕だけだが……今後は個人単位でなく、シェン一族と聞いただけで世界が関心や興味を示すような存在になっていくんだ」
「うむ、よう言うたカーン! さすがは我が息子、儂をも越える自己顕示欲じゃわい!!」
「元々シェンの血は目立ちたがりが多いけどよう。いくらなんでも大言壮語な気もするんだよなあ……カーンの名はたしかに、西欧諸国にまで知れ渡ってると聞くけどよ」
名誉、名声、地位、栄誉。とにかく世界にシェン一族の名を知らしめたいとするカーンに、父親から親戚に至るまで興奮した様子で同意する。
実際、父の言う通りだった。始祖カーンからしてプライドの塊、自己顕示欲が飛び抜けた男なのであるが、その源流はそもそもの血筋にある。
つまりはシェン一族そのものの特徴として、とにかく目立ちたがりが多い傾向にあるのだ。それゆえ派手さや目新しさを好み、時々の流行には飛びつきやすい特徴さえ持つ。
余談だが、大ダンジョン時代100年を経た現代においてもシェン一族は各地で活躍している。
そしてその筆頭たる"完成されたシェン"……シェン・フェイリンは齢14にしてカーンから始まる歴代シェンを遥かに超える実力の持ち主なのだが、同時に一族特有の自己顕示欲や流行り物好きの気質をきっちりと受け継いでいる。
流行のファッションを着こなし、歴代最高の星界拳を惜しみなくネットの動画などで繰り出す可憐な14歳少女の姿は、一族の悲願の一つである"シェン一族の名を世界に轟かせる"ことを達成しつつあるのだが……
それはまた、別の誰かの物語にて語られるだろう。
「一族の悲願を果たすためには、間違いなくまだまだ強さが足りない。僕は僕だけでなく、後世に続いていくシェンの里を作ることで……星界拳を数代限りでない、シェンの歴史とともに続き鍛え上げられていくものにしたいんだ!」
「そしてそれが、結果的に我らの名を世に轟かせることに繋がる、と?」
「僕はそう信じている! 世にも名高きシェン一族は、代々星界拳を継承してきた誇りある武術一族なのだと知らしめられると!!」
力強く断言するカーン。
ソフィア、いやヴァールとの約束である里の創設と星界拳の継承とさらなる練磨──その果てにある"決戦スキル"の継承。そしてそれをもって詳細は不明だが彼女が倒そうとしているモンスター、断獄を倒す。
そのすべてがこれから先、はるか未来にかけてシェン一族に栄光をもたらすものだ。
「ソフィアさんは今、世界中の有望な能力者を集めて国際的な組織を結成しようとしている! 僕達は里のことがあるから参加できないけれど、逆に考えれば僕らは彼女とのつながりを保ったままで、あえて独自の道を行けるんだ! これは大きい!」
「おおっ!! たしかに!」
「いずれ間違いなく大成する彼女と唯一、対等な立場に立てるのは僕らシェン一族だけなんだ! いつの日か約束を果たしたならばきっと、後世を生きる僕らの子孫にソフィア・チェーホワは報いてくれる! その時こそが約束の時だ!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
演説を打ちあげるカーンに呑まれ、一族の誰もが熱に浮かされていく。
ある種のカリスマ性を持つ星界拳始祖カーンの、己が武術にも並ぶほどの武器がこの扇動力とも言えた。
ソフィア、ヴァールとの約束をいつの日か果たし、名実ともにシェンは栄光の一族となる。世界中にその存在を轟かせる。
そのためにも今は雌伏の時だ。個人単位でなく一族単位で強さを練り上げ、いつの日か完成形たるシェンを生み出すその日まで……
果てしないシェン一族の挑戦は今、ここに始まっていた。
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