2年目 星界拳のシェン・カーン

本エピソードの主要な登場人物

()内は年齢


ヴァール(???)

シェン・カーン(26)




 星界拳という拳法が存在する。

 スキルではなく武術としての技法で、拳を一切使わず蹴りのみを使うという一風変わった拳法だ。


 中国は内陸部、人里離れた奥地に住むシェン一族は始祖シェン・カーンから代々星界拳を引き継ぎ、研鑽し、また外部の血も取り入れつつ弛まぬ研鑽を続けてきた。大ダンジョン時代が始まってから、実に96年もの間である。


 昨今においては探査者姉妹シェン・ランレイとシェン・フェイリンが使い手として特に有名だろう。

 過去を紐解けば80年ほど前にはシェン・ラウエン。60年ほど前頃にはシェン・ムーヤン。40年ほど前にはシェン・カウファンにシェン・ラオタンと、星界拳士を名乗る者達は歴史上にもそれなりにいる。

 

 その他にも多く探査者を輩出している、いわば探査者のエリート一族とさえ言える特異な立ち位置のシェン一族であるが、実のところその始まりにはソフィアとヴァールが大きく関与していた。

 始祖たるカーンを見出し、あまつさえ星界拳を極めるための里を興すよう依頼したのが彼女達なのである。

 

 そこには一体どういった思惑があったのか?

 そもそもの繋がりさえ含めて、真相は闇に包まれたままである────

 

 

 

 大ダンジョン時代が始まってから1年。未だに世界が混乱と混沌に包まれる中、シェン・カーンはいち早く能力者としての活動を多数行っていた。

 すなわちダンジョンに潜り、モンスターを倒し、最奥のダンジョンコアを獲得する……ダンジョン踏破を敢行していたのである。

 

「星界ッ! 天楼拳ッ!! しぃやっ!!」

「ぴぎー!?」

「しょあぁっ!! 星界龍拳!!」

「ぐぉっえっ!?」

「──しゃおらあああぁっ!! 星界斬撃脚ゥッ!!」

「ぶぎゃああああっ!?」

 

 スライムを蹴り飛ばす。ゴブリンの頭を踏み潰す。ウッドアーマーの胴体を貫通して切り崩す。

 すべてがその豪脚によるものだ……独特の怪鳥音まで含め、カーン独自の拳法、星界拳はすでに熟練の境地に達していた。

 

 ざっくばらんに切られた黒髪、アジア系の顔立ちは爽やかというより野性味が溢れている。また性格もこの頃は極めて気が強く、己こそが最強であると疑わないでいた頃だ。

 この時カーンは26歳。肉体的にも精神的にも充実し、最愛の妻との間に愛し子を4人儲けた男の精悍なる姿であった。

 

「…………ソフィアさん、ご覧の通り僕は強いはずだ。それでもまだ、アンタの言う断獄とやらには勝てないってのか」


 武道着を身に纏い、モンスターをたやすく一蹴してみせたカーンは強気に問いかけた──ともにダンジョンに潜っているパーティメンバーの、ソフィアあるいはヴァールへ向けて。


 彼女とは半年ほど前に知り合った。

 一つの身体に2つの人格を宿すという謎の女であり、強さを見込まれてこうしてともにダンジョンに潜っているものの、正直なところイマイチ信用できないでいる。

 だが彼女がしきりに言う"断獄"という奇妙なモンスターと、その打倒に興味津々のカーンはそれゆえに自身の強さを誇示し、自分ならばその断獄とやらも倒せると豪語しているのだった。


 しかしそんな自信満々の彼に軽く一瞥をくれ、当のヴァールは素っ気なくも返した。


「勝てん。というか勝負にもならん。強いのは認めるが上には上があるのだ、カーン」

「何をっ!?」

「雑魚をどれだけ蹴散らしたとて何になる。ワタシの《鎖法》を少しも突破できない時点で断獄を相手にしようなどと夢のまた夢だ……諦めろ。お前では我々が求める"担い手"にはなれん」

「むぐ……っ!?」


 辛辣な言葉だが事実だった……少なくとも断獄なるモンスターを知るヴァールにとっては。おそらくソフィアも同じことを言うだろうという確信さえある。

 単純な力で普通に負けてしまうだろうしその上、今はまだなんの準備も整っていない。そもそもカーンに対して期待するのはそんなことですらないのだ。無駄に粋がられても冷淡に告げるしかないのが本音だった。


 このダンジョンがある中国は内陸部に彼女がやって来たのは、そもそも全世界を回ってスキルに目覚めた能力者達をまとめ上げるための旅というのもあった。

 だが北京を訪れた際、ある噂を耳にしたのだ……"中華一の能力者が内陸におり、すでにレベルも100を突破している"との噂を。


 レベル100というのは大ダンジョン時代到来から100年が経過した現代ではまったく驚くべき数値ではない。C級の中堅止まり程度であり、多少熱心な探査者ならば数年で到達できてしまうようなものでしかないのだ。

 だがこの時はまだ、大ダンジョン時代到来から一年と少ししか経っておらず。そもそも探査者という概念もなければダンジョンやモンスターに対して能力者だけが対抗し得るのだということさえまったく認知されていない頃なのだ。


 そんな頃合いに、すでにレベル100を記録する。これははっきり言って現代でも異常な事態だ。

 話を聞いたソフィアも、彼女伝に噂を知ったヴァールも揃って絶句するほどのインパクトがあるのだった。


「たしかにレベルこそ100に到達していた……スキルも《気配感知》のみ、自前の拳法だけでそこまで至るとは。見事と言うしかないが、それでもまるで戦力としては数えられん」

「馬鹿な! それではあなたの目に叶う者がこの世に、今、どれだけいるというのか!? 贅沢が過ぎるのではないのか、ソフィア・チェーホワ!!」


 にべもないヴァールの物言いに激昂し、叫ぶカーン。

 たしかに、彼は出会い頭に挑んだヴァール相手に指一本とて触れられないまま敗北していた……《鎖法》の鎖に絡め取られ、何一つできないまま降参せざるを得なかったのだ。


 その点については素直にヴァールこそが格上だと認めるものの、しかして自分も中華一の自負を持っている。

 星界拳の名をいつしか世界に轟かせることを目標に鍛錬を重ねてきたからこそのレベル100なのだ。


 それを、まるで足りないと言われればさすがに不服にもなる。

 であれば一体何がどうなれば満足なのか。そう問いかける彼に、ヴァールは静かに応えるのだった。


「たしかに今はいない。だが遠い未来、世代を重ねるごとに強くなっていく能力者達の中に必ずや、ワタシの求める者が現れてくれる……それがあるいは最後の希望だろう」

「世代を、重ねる……!?」

「そうだ、カーン。お前に頼みたいことはそれだ。妻子とともに一族を興せ。そして星界拳を伝承させ、代々鍛錬を重ねさせろ。そしてその果てに……ワタシが持つ"決戦スキル"を引き継ぎ、断獄を打ち倒せるだけの後継者を生み出すのだ」

 

 絶句するカーン。

 それはつまり、己の血筋すべてを使って星界拳を高め上げ、その果てに生まれる"完成されたシェン"をヴァールの元に行かせるということだった。

 

 これより3年後、カーンは妻子と親など血縁を引き連れて山奥に移住し、一族のみで構成された里を興すことになる。

 そしてその果ての現代において、ヴァールとの約束とも言える"完成されしシェン"────五人目の星界拳正統継承者シェン・フェイリンを輩出することになるのであった。

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