第50話


 虚獣の一撃が俺の腕を砕き、蹴りが腹部に直撃する。

 血を吐きながら……それでも立ち上がり、俺は拳を振り下ろした。

 虚獣の顔面が粉々に砕け散る。しかし、次の瞬間にはまた新たな虚獣が襲い掛かってくる。


 俺はその場に崩れ落ちそうになるが、必死に踏みとどまる。体中が痛みに包まれ、意識が遠のきそうになる。


 限界を超えた体で、俺は力をかき集めていく。


「こ、こいつ……! 何で倒れねぇんだよ!」

「とっくに、死んでてもおかしくねぇのになんだこいつは……!」


 化け物であるはずの虚獣たちが、俺を恐れていた。

 まあ、自分でも驚いている。

 まさか、まだここまで動けるとは思っていなかったからだ。

 呼吸が荒く、胸が焼けつくような感覚が広がっているが、それでも止まるつもりはない。

 一体でも多くあの世に連れて行く。


 目の前には、またしても虚獣たちが立ちはだかっていた。


 俺は苦しい呼吸を整えながら、拳を振るう。恐怖した様子で、それでも次々に襲いかかる虚獣の群れを拳と蹴りでなんとか捌き続けるが、足元は血と疲労でふらつく。


 それでも、俺は一匹、また一匹と虚獣を仕留めていった。

 体中に受けた傷が熱を持ち、全身が痛みに包まれているが、まだ倒れるわけにはいかない。


 虚獣の胴体に拳を叩きこみ、黒い霧となって消えていく。次の虚獣に蹴りを放ち、間合いを取る。だが、その時だ。


 静穂ダンジョンの入口の奥から、一際大きな気配を感じ取った。全身にぞわりとした感覚が走る。それは、これまでの虚獣とはまるで違う。

 強烈な魔力があたりに満ちていくのがはっきりとわかる。


 虚獣の群れが一瞬静まり返り、重々しい空気が流れた。

 ……来たか。


 背筋に冷たい汗が流れる。奴だ。間違いない、ボスが姿を現そうとしている。


 ダンジョンの奥から、重々しい足音が響いてきた。虚獣たちが周囲からどんどん後退し、何かを迎え入れるように道を開ける。

 現れたのは、巨大な三メートルほどはあるだろう人型の虚獣。

 獅子のようないでたちをしたそいつは、虚獣たちを従える王のような圧倒的な存在感を放っていた。

 俺はそんな奴に対して、挑発するように呟いた。


「……あぁ、やっとお目見えか」


 俺は歯を食いしばりながら、目の前に現れたその姿を睨む。虚獣たちのリーダー……ボスだろう、恐らくはこのダンジョンの封印を崩した奴だ。


「まさか、人間一人にここまだ削られるとはなぁ……」


 ボスは低い声で言葉を発した。

 その言葉に驚く暇もなく、周囲の虚獣たちが一斉に動き出した。


「くそ……こいつら!」


 俺は再び拳を握りしめ、襲い来る虚獣たちに立ち向かう。だが、今までとは違う。ボスの登場により、虚獣たちの動きが一層鋭く、狂暴になっている。


「……っ!」


 数匹の虚獣が同時に襲いかかってくる。俺は何とかその一撃をかわし、拳を繰り出して反撃する。


 ボスが目の前にいる限り、戦いは終わらない。俺は必死に拳を振るい、虚獣たちの猛攻を凌ぎ……退けた。

 荒い呼吸をしながら、俺はじっとこちらを見ていたボスを睨み返す。


「そこで、仲間がやられるのを見てるのか?」

「いや……そうか。雑魚どもではどうしようもなさそうだな」


 そういって、ボスが魔力を放出する。挑発に、乗ってくれた。

 ……戦闘が始まる。俺としては、またとないチャンスでもある。


 周囲の虚獣たちは遠巻きに俺たちを囲んでいるが、一歩も動かない。

 俺とボスとの対峙を、まるで楽しむかのように見守っている。

 ボスが敗北する姿なんてどいつも想像もしていないようだ。


 ボスは悠然とした態度で、俺を見下ろしていた。体躯は虚獣たちの中でも一際巨大で、黒く輝く鱗が全身を覆っている。

 頭にはまるで王冠のように角が生え、ライオンのようなたてがみがある。

 漆黒の瞳が俺を冷たく見据えていた。その目には、どこか侮蔑と余裕が感じられる。


「無駄な抵抗はやめておけ。これ以上、苦しみたくはないだろう」


 ボスの声は低く、まるで周囲の空気を震わせるような重みがあった。

 それに対しての返答は拳を固めること。


 俺は拳を構え、ボスの目を真っ直ぐに睨み返した。


 ボスは薄く笑い、静かに歩み寄ってくる。その一歩一歩がまるで地響きのように重く響き渡る。俺はそれを見極めながら、攻撃のタイミングを狙った。


 ゲーム本編に出てこないボスなので、動きはわからない。

 どう攻めるか。


 全身の筋肉を瞬時に緊張させ、俺は地面を蹴った。拳を鋭く振り抜き、ボスの腹部を狙って放つ。しかし――


「……っ!?」


 拳が直撃した瞬間、俺の腕が跳ね返された。まるで鉄の壁にぶつかったかのような衝撃。

 ボスの鱗は驚くほど硬く、拳を打ち込んでも全く手応えがない。


「無駄だ、その程度でオレを倒すことなどできん」


 ボスは冷静に言い放つと、剛腕を振り上げた。




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