第49話
痛みに耐えながらも、奥歯を噛み締め、振り返り様に虚獣の顔面に拳を叩き込む。
だが、その一撃を放った瞬間、俺は膝をついてしまった。
すぐに拳を握りしめて立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。虚獣たちは再び俺を取り囲み、じわじわと迫ってくる。
足が満足に動かないでいたが、引きずるように無理やり動かした後、氷魔法を展開して、地面を滑るように移動する。
魔力は勿体無いが、呼吸を整える必要がある。距離をとったところで、雷と氷魔法を放ち、虚影たちを潰していく。
魔法をかわしながら迫ってきた虚獣が、俺の眼前でニヤリと笑う。
「おいおい、もう限界なんだろ?」
……返事は拳だ。
虚獣の攻撃をかわしながら、目の前の虚獣に向かって拳を叩き込む。
虚獣の頭が砕け、黒い霧となって消え去る。
「はぁ……はぁ……!」
くそ……。想定以上に削られた。
それでも、まだ終わらない。
ぞろぞろと静穂ダンジョンの奥から強大な存在が目を覚ましたかのような、圧倒的なプレッシャーが感じられた。
姿を見せたのは、虚影ではなく……虚獣の群れ。
……虚獣の方が数段強いわけで、それが虚影のように群れをなしたとなれば、先ほどよりも厳しい戦いだ。
「さっきから、散々やられてるみたいだが……相手は一人の人間かよ」
「ったく。力のない奴らが人間食って成長できるように先に送り出してやったのにヨォ」
虚獣たちの言葉を聞きながら、俺は必死に呼吸を行って酸素を全身に送り込む。
次に来る虚獣たちの足音を聞くと、休む暇など与えられないことがわかる。
まるでこちらの疲弊を見越しているかのように、虚獣たちは笑みを浮かべる。
「んじゃあ――やるか」
冷たい声が響き、奴らが動き出す。
俺は再び拳を握り、迎え撃つ。
目の前に迫る虚獣の群れに対して、俺は一歩も退かずに向かっていくしかない。すでに体は悲鳴を上げていたが、それでも引くことはできない。
まずは一体。
飛び掛かってくる虚獣の爪をかわして、その顎に拳を叩き込む。
鈍い音と共に、奴の首が不自然な角度で折れ、黒い霧となって消え去る。
しかし、すぐに次の虚獣が横から襲い掛かってきた。
「ぐっ……!」
反応が遅れた。虚獣の鋭い爪が俺の肩に深々と突き刺さり、血が滲み出る。
痛みが走り、思わず後ずさってしまう。だが、踏みとどまって反撃に出る。拳を振り下ろし、虚獣の顔面を叩き潰す。
まだだ……こんなもんじゃ……!
奥歯を噛み締め、痛みに耐えながら、俺は次々と襲い掛かってくる虚獣たちに対応する。
右から左から、四方八方から次々と襲い掛かってくる。
だが、すべてを防ぎきることはできない。
多少のダメージは仕方ない。ここからは気合いだ。
やられても、確実に一撃でこちらも仕留める――。
「……ッ!」
再び鋭い爪が俺の背中に食い込み、焼けるような痛みが走る。
反撃する隙もなく、別の虚獣が横から蹴りを放ってきた。
俺は間一髪かわしたが、足元がふらつき、再びバランスを崩してしまう。
こいつら、さっきの奴らよりも連携してやがる。
虚獣たちは容赦なく俺を追い詰めてくる。
次の虚獣が跳びかかってくるのを目で捉えた瞬間、俺は何とかその攻撃を避けて、蹴りで反撃した。
虚獣の胴体が吹き飛び、黒い霧となって消えたが、それでもまた奥の門から出てくる。
増える一方だ。虚獣たちは止まらない。俺は疲弊しきっている。
全身から血が流れ、痛みで体が動かなくなってきているのを感じる。体力はとっくに限界だが、動く。
俺は拳を振り上げ続ける。
「……まだ、まだ……!」
次々と迫りくる虚獣に対して、拳と蹴りで応戦する。
だが俺の動きは徐々に鈍っていき、敵の攻撃を避けることが難しくなってくる。
――死を自覚する、冷静な自分がいる。
右腕に鋭い爪が突き刺さり、悲鳴を上げそうになる。だが、声を出す暇もなく別の虚獣が迫ってくる。
別の虚獣が、鋭い刃のようなものを振り下ろす。
「くそっ……!」
回避が間に合わない。虚獣の刃が俺の脇腹を掠め、鋭い痛みが走る。
思わずよろけ、膝をつきそうになる。だが、ここで倒れれば終わりだ。
俺は再び立ち上がり、虚獣たちに向かって拳を突き出す。
目の前にいた虚獣がその拳を受けて砕け散るが、すぐに別の虚影が背後から襲い掛かってくる。
「ぐあっ……!」
虚獣の刃が再び俺の背中を切り裂く。痛みと疲労で視界がぼやけてくる。
だが、まだ終わるわけにはいかない。俺は残った力を振り絞って拳を振り上げ、次の虚獣を殴り倒す。
一体でも、多く、倒す。
虚獣の群れは止まらない。次々と現れ、俺を追い詰めてくる。
まるで俺の限界を試すかのように、じわりじわりと。
被弾の数が増えていくなかで、気合いと根性でねじ伏せる。
霧崎の頼みを守るために――。
どうせ助けるなら……最初から、静穂市に起きることを話しておけばよかったものだ。
いや、助けるつもりはなかった。ゲーム本編に関わるつもりは今もない。
だが、涙ながらに頼まれさえしなければ、な。
だからまあ、ここで死んだとしても……それは俺自身のミスでしかない。
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