第47話
「……ああ」
『お父さんから、さっき連絡があって……死ぬかも、しれないって。だから……そんな、電話があって……っ』
霧崎が涙ながらに言葉をぶつけてくる。……しどろもどろになっているのは、それだけ彼女が追い込まれているからだろう。
『街のために……お父さんは戦うって。……私も、急いで静穂市に向かってるけど、まだ、間に合わない……っ』
霧崎が、何を言いたいのかを……理解する。
『お願い。……時間を、稼いでほしい』
その悲痛な声に、俺はぐっと奥歯をかむ。
『お願い……っ、お願いだから……街の人たちを……お父さんを……助けて……! 私、絶対すぐに駆けつけるから……っ!』
クールな霧崎が……こんな風に感情を露わにするなんて、それだけの事態であることは分かっている。
ゲーム本編に、深く介入するつもりはない。
……セラフとルミナスだって、俺はどこかで彼女らのユニオンから離れるつもりだった。
少なくとも、ゲーム本編が始まる頃には、俺と彼女らは知り合い、程度になるつもりだ。
だが……一緒に過ごしてきた霧崎を思い出すと……すべてを非情に切り捨てるなんてことはできない。
本来、俺の役目は静穂市を救うことじゃない。ゲーム本編では、静穂市は一度崩壊するシナリオになっているんだ。
俺が余計なことをして、物語の流れを変えるわけにはいかない……そのはずだった。
だが――。
ゲームのキャラクターではなく、目の前で一緒に戦い、笑っていた霧崎の姿を思い出す。
「早く来いよ」
俺はそれだけを返し、霧崎との通話を切った。
「滝川さん……? 今の電話はなんでしたか?」
セラフが心配そうに問いかけてきて、俺は彼女に視線を向ける。
……なんて答えようか。ルミナスとマルタさん、芳子さんもこちらを見てきている中、俺はゆっくりと口を開いた。
「霧崎がこっちに向かっているみたいだ。……彼女が到着するまで時間を稼げれば、静穂市がなんとかなるかもしれなくてな」
「……それって、つまり……虚影侵食を抑えるために戦うつもりですか!?」
セラフは驚いた声をあげ、すぐにルミナスが声を張り上げる。
「む、無理よ……! あんた強くなったって言ったってまだ新人の契魂者なのよ!?」
「まあ、俺一人じゃ無理かもだけど、今も押さえ込むために戦っている人たちがいるからな」
「……い、いやだからって……!」
「それに、ここで頑張ればユニオンのいい宣伝にもなるだろ?」
「……で、でも……っ」
ルミナスが言葉に窮するように喉を詰まらせた。
「……勝算は、あるのですか?」
「まあな」
自信に溢れた様子で頷くと、セラフは言葉をぐっと飲み込んでから……マルタさんたちを見た。
それから、セラフは……ゆっくりと口を開いた。
「……必ず、戻ってきてくださいね」
「セラフ!」
「……契魂者の仕事は、虚影を狩ることです。それは……どれだけの新人であっても、変わりません」
「だけど……でも……」
「……ユニオンリーダーとしての仕事は契魂者を信じて送り出すことです」
セラフはじっとルミナスへ視線をやると、ルミナスは浮かんできた涙を拭うようにして、俺を見てきた。
「本当は……やめてほしいわよ。一緒に避難してほしいけど……でも……必ず、戻ってきなさいね」
「ああ、分かった。マルタさんたちは、このまま車で天魔都市まで避難してくれ」
「……分かりました。滝川さんはどのように移動しますか?」
まだ、宿にまで虚影は来ていないが……ゲーム本編の崩壊した様子から、ここだって危険区域だ。
「俺は庭にあったバイクで向かいます。鍵はありますか?」
宿に備え付けられているものなのか、ごついバイクが一台あるんだよな。
そう思っていると、芳子さんがこちらに鍵を差し出してきた。
……え?
「私のです。自由に使ってくださいな」
……今日一番、驚いたかもしれない。
運転免許証は持っていないが、前世の記憶で運転できる。
まあ、魂翼学園の生徒は特殊な任務を多く受けるため、運転免許証などの取得年齢に制限がない。
まだ取ってはないが、緊急事態だからまあ、いいのだ。俺は芳子さんのバイクを走らせながら、静穂ダンジョン目指して進んでいく。
途中、襲いかかってきた虚影たちは魔法で退け、まっすぐに向かう。
虚影侵食は、それを発生させたボスが必ず存在する。
そいつがダンジョンの封印を一時的に押さえつけているからこそ、自由に虚影たちが外へと出られるようになるわけだ。
つまり、封印を封印しているそいつを叩けば、静穂ダンジョンの封印が元通りになるわけで……この事態を治められる。
霧崎の到着は、早く見積もっても四十分程度はかかるだろう。
被害を抑えるなら、多少危険でもボスを潰した方がいい。
静穂ダンジョンに近いエリアは……酷い状況だ。
穏やかな街の景色は破壊され、瓦礫と死体の山が無残に積み重なっている。
倒れている契魂者たちは……息があるのかないのかわからない。
逃げ遅れた人たちの中には、虚影に体を食われてしまった人もいるようだ。
……急がないとな。
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