第46話

 朝。いつも通りにジョギングや魔法の訓練を行っていた俺は、市内に響くサイレンの音に思わず眉を寄せた。


 ……災害などを告げるときに用いられるその音は、このゲーム世界ではもう一つの意味を持っている。


 虚影侵食が発生したとき、だ。


 だが、本来虚影侵食が発生するのは五月五日。……まだそこまで二週間近く時間がある。

 俺は余裕を持って来週までには天魔都市に戻るつもりだったのに、なぜこんなことになっているんだ。


 ゲーム本編までの歴史に、歪みが出ているのか?

 なぜ、と考えれば……原因は、俺、だよな。

 俺がこの静穂ダンジョンでレベル上げをしたから、それがきっかけで静穂ダンジョンの何かが変わり、虚影侵食が発生したのではないだろうか。


 とにかく、今は宿に戻る必要がある。

 宿に向かって走り出した俺の元へ、焦った様子のセラフが飛び込んできた。


「滝川さん! 良かった……ここにいたんですね!」


 呼吸を乱し、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。

 よほど急いできたのだろう。セラフは胸を押さえ、肩で息をしている。


「セラフ……何があったんだ?」


 おおよそ、彼女の返答については予測できている。

 セラフは息を整えながらも焦った口調で話し始めた。


「静穂ダンジョンが……虚影侵食が発生しました。……虚影や成長していた虚獣が街に出てきてしまっているそうなんです!」

「……そうか」


 静穂ダンジョンの虚影侵食、か。

 他のダンジョンの虚影が溢れ出したことも考えてはいたのだが、違うようだ。


「急いで避難する必要があるため……滝川さんを呼びにきました。宿に戻りましょう」

「……そうだな」


 ……そう。俺はまだぺーぺーの契魂者なわけで、避難する立場だ。

 色々と思うところはあったが、それでも……俺はゲーム本編に影響が出るようなことに関しては深く関わるつもりはない。

 霧崎に心の中で謝罪をしながら、すぐに宿へと向かおうとした、その時だった。


「っ……!」


 セラフの瞳が大きく見開かれる。

 数体の虚影が空から落ちてきて、俺たちの道を塞いだ。


「シャアアア!」


 ……恐らくはハーピー系の虚影だな。威嚇するように声をあげたハーピーが一斉にセラフを狙って飛びかかってきた。


 セラフを守るように俺が一歩前に出て、グローブに魔力を込める。虚影が飛びかかってくる瞬間――俺はその一体を拳で殴り抜いた。


 俺が地面を蹴り付け、一気に加速して振り抜いた拳がかわされることはない。

 そいつは霧のように崩れ、消滅した。だが、まだ二体の虚影が残っている。俺はすぐに体を回し、蹴り上げたブーツにも魔力を込める。


「どけっ!」


 蹴りが放たれると、魔力の波動が虚影たちを巻き込み、吹き飛ばした。

 一体はその一撃でやられたが、もう一体はギリギリ耐えていた。

 だが、俺の雷魔法で体を射抜き、仕留めた。


「……凄い」


 俺が成長した後の戦いぶりを見るのは今回が初めてだったな。

 セラフが驚いた様子でこちらを見てきていたので、彼女に声をかける。


「セラフ、宿に戻ろう」

「……はい」


 セラフは俺の隣に駆け寄り、二人で一気に宿に向かって走り出す。ひとまず、他の虚影に襲われることはなく……俺たちはなんとか宿へと戻ることに成功した。






 宿の玄関では、心配そうな表情の芳子さんとルミナス。それに剣を構えていたマルタさんを見つけることができた。

 俺の姿を見て、ほっとしたように息を吐いたマルタさんとは別に、ルミナスは慌てた様子で、俺たちに駆け寄ってくる。


「滝川! セラフ! 無事なの!?」

「なんとか……。こっちも大丈夫か?」

「あたしたちも大丈夫よ。でも、虚影が……どんどん街に広がってるみたいで……正直言って、危険な状態よ」


 ルミナスの言葉に、胸の奥に不安が広がる。

 その時、マルタさんが静かに声をかけてきた。


「皆様、静穂市から発令された情報を共有します。……今回の虚影侵食は想定をはるかに超える規模です。現在の戦力では、討伐は不可能に近いです」


 マルタさんの言葉に、一同が沈黙する。


「ですので、各自で静穂市から早急に脱出するようにとのことです。……滝川様、セラフ様、ルミナス様もすぐに車で脱出いたしましょう」


 本来の戦力であれば、想定していた虚影侵食程度ならば抑え込める可能性はあっただろう。

 だが、静穂ダンジョンのものは想定を遥かに超えるものだ。

 ……だからこそ、救助にやってきた霧崎がそれらを全滅させることで、彼女が最強の存在として認知されるわけだしな。

 俺はそれを……邪魔するつもりはなかった。


「……了解した。すぐに準備しよう」


 俺たちはすぐに脱出の準備に取り掛かろうとした。

 その時、俺のスマホが震えた。


 ……霧崎からだ。


 俺は色々な気持ちを抱えつつ、スマホを耳に当てた。

 聞こえてきたのはいつもとは違う、どこか焦った声だった。

 すでに、静穂市の状況を聞いているのだろう。


『滝川!? ……無事!?』

「俺たちは何とか無事だが……」

『そ、っか。まだ……静穂市に、いる?』


 霧崎が安堵の声を漏らしたのが分かったが、すぐに次の言葉が続いた。その声には涙が混ざっているようだった。




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