第43話



 そういうわけで、もっと自信を持っていいんだぞ、ルミナス。

 本人には絶対聞かせられないような元気の言葉を投げかけつつ俺が布団で横になる。


 布団で横になってからちらと霧崎の方を見ると、すでに彼女はすやすやだ。

 彼女は何かのキャラクターのアイマスクをつけて気持ちよさそうに寝息を立てている。

 ……なんという早さだ。まあ、霧崎は強くなるために「睡眠時間はとても大事」というのがモットーだ。


 俺が布団で横になったところで、セラフとルミナスもそれぞれの布団に潜り、電気を消した。

 

 明日もまたダンジョンに潜って、レベル上げだな。

 昨日と今日でかなり戦えるようになったが、まだまだゲームのキャラクターのようには動けない部分もある。


 もっと、練習しないといけないだろう。

 頭の中でイメージトレーニングをしていると、だんだんとウトウトとしてきた。

 周囲からも、心地よい寝息が聞こえてくる。……誰のものかはわからないが、こうしてゲームで好きだったキャラクターたちの寝息を直接聞けているこの環境だけでも、俺はかなりの幸せ者だろう。録音して保存しておこうか?


 なんてことを考えていると、俺の方に誰かがやってきた気がした。

 ……うん? 閉じていた目を開けると、暗闇になれた視界がはっきりとその正体を見極める。


 ルミナスである。

 彼女はむすっとした表情で俺の方を見てきて、それから、セラフに何度か視線を向けている。


「……どうしたんだ?」


 俺が小声で問いかけると、ルミナスがびくっと肩を上げてから、しーっと唇に人差し指を当てる。可愛い。じゃなくて、理由を聞かなければ。


「……何か、あったか?」

「……昨日セラフが抱き枕にしてたんでしょ? それはズルよ」


 ルミナスはむすっとした表情を浮かべ、俺の方をじっと見つめてきた。

 何がズルなのか。

 ルミナスはどうやら納得していなかったらしい。


 そのまま彼女はため息を一つ吐くと、軽やかな動きで俺の布団の中へと潜り込んできた。


「お、おい……!」


 思わず体が硬直する。もちろん、「お、おい」とは言ったが、内心飛び上がりそうなほどに嬉しい気持ちはある。あくまで、表向きそう言っただけである。


 布団の中に入ってきたルミナスの体が、じわじわと俺に近づいてくる。

 触れるか触れないかの距離。俺の肌に彼女の柔らかな感触がかすめた瞬間、ドキリと心臓が跳ねた。


「どうしたのよ、滝川? 緊張してる?」


 そうは言うが、ルミナスも頬は赤い。

 彼女の指先が、俺の腕を軽く撫でる。指先の動きはわざとらしく遅く、まるで俺の反応を楽しむかのように滑らかに動いていく。


「ちょっと……ビビってんじゃないの?」

「別に……そう言うわけじゃないが」


 その口調は、まるでからかうようだ。

 指先が俺の手首を軽くなぞるように動いたかと思うと、次は肩、そして首元へと指が移動してくる。

 なんというフェザータッチだ。

 彼女に触れられたところの感覚が鋭くなっていく。

 布団の中という閉ざされた空間で、彼女の温かさが徐々に広がっていくのを感じる。


「ほら、もっとリラックスしていいのよ? 滝川は頑張りすぎるんだから」


 ルミナスの声は優しく、それでいてどこか挑発的だ。俺の反応を楽しんでいやがる。


 彼女の顔が近づき、吐息が俺の耳元にかかる。ドキリとするが、俺は動けない。

 ルミナスはまるで俺を試しているように、少しずつ距離を詰めてくる。指先が首筋を撫でる度に、冷や汗が背中を伝う。

 こ、このままだと……マジで手を出しかねん……!


「……る、ルミナス。何か用事があったんじゃないのか? 俺も明日は朝早いからもう寝るつもりなんだが……」

「あっ、そうだったわ。滝川の反応が面白いもんだから、やめられなくなっちゃったわね」


 俺の困惑した顔を見て、ルミナスは小さく笑った。

 最後とばかりに、指先が俺の頬をかすめ、さらりと離れていく。彼女のいたずらっぽい笑みが浮かんだ顔が、目の前にあった。


 やはり、悪魔なだけある。


 俺は少しだけ肩の力を抜くようにしてみたが、それでも、あの柔らかな感触が消えた今でも、俺の心臓はまだドキドキしていた。


 俺が布団に入ってルミナスに背中を向けると、彼女が俺の背中をつつつーと撫でてくる。


「ね、寝られないんだけど」

「……ちょっと、こっち向きなさいよ」


 ルミナスが俺の体を無理やりこちらに向けるように背中を撫でてくる。

 これは仕方ない。向かい合うしかないだろう。

 寝返りを打つように向きを変えると、ルミナスは笑顔を浮かべた。


「セラフと……どっちの添い寝がいいのよ?」

「は? どういうことだ?」

「……そのままの意味よ。……あたし、いつもセラフに負けるから」


 突然の告白に、俺は少し驚きながらもルミナスの言葉を待った。彼女は背中を向けたまま、ぽつぽつと自分の気持ちを話し始めた。


「周りの人たちも、いつもセラフが凄いって言うから。……まあ、実際凄いんだけどさ。あたしもそれは分かってるわよ。セラフは強いし、頭もいいし、優しいし……可愛いし、む、胸大きいし……誰からも好かれるってのは、分かってるわよ」


 その言葉には、少しだけ悔しさが滲んでいた。

 ……ルミナスは、セラフに劣等感を抱いているのは知っているが、その悩みを相談してくるあたり、本当に俺への好感度が高いようだ。


「……でも、あたしは負けたくないのよ。だから、あんたとの添い寝で、どっちの方が良かったかって聞いてるのよ」


 その一言には、どこか切実なものが感じられた。



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