第35話

 ダンジョン内ではスマホの電波も入る。

 なので、休憩がてらダンジョンの外に出るときなどは俺が死んで虚影に食われたと誤解されないよう霧崎にメッセージだけは入れておいた。

 彼女からは「うい」とだけ返事があった。恐らく、戦闘に没頭していて長文を送ってくることはできないのだろう。


 休憩でダンジョンの外に出た時、俺は近くの食事処で飯を食ってきた。

 食事は、大事だ。ゲームでは、食事によってステータスの強化や取得経験値が増えることがあったからな。

 食事による経験値アップの効果は一時間。だから俺は一時間レベル上げをしたら、食事に戻るというのを繰り返していた。


 腹は減っていなくとも、無理やり詰めた。だって、経験値アップに繋がるんだから。今回は経験値三倍の飯を食っていた。

 食事をするだけで三倍早く成長できるんだから、やらない理由はない。

 そんなこんなでハードな往復を繰り返していたところ……俺は今日一日でもかなりレベルを上げることに成功したと思う。


 ステータスが見られないのが残念で仕方ないぜ。

 装備品の効果もあり、俺は恐らく同レベル帯の契魂者よりも数段は強くなっているはずだ。

 三階層に進み、少し強くなったゴブリンを倒したところで……合流していた霧崎がじっと俺を見てきた。

 ……美少女にそう観察されるとこちらとしても恥ずかしい。


「そろそろ、帰るか?」


 もう午後五時だ。

 芳子さんが、夕食は十九時を目安に用意すると言っていたので、そろそろダンジョンを出てもいいだろう。

 そう思っての問いかけだったのだが、霧崎がまっすぐにこちらへとやってきて……がしっと俺の両肩を掴んだ。

 媚薬でも飲んだんじゃないかとばかりに、少し息が荒い。興奮状態になるトラップをひいたとき限定のえっちシーンがあったよなぁ……と思い出していると、  


「滝川……戦おう」


 霧崎の目は、完全に戦闘モードだ。瞳がギラギラしていて、まるで獲物を前にした猛獣のように輝いている。


「……今の俺で、いいのか?」


 俺は少し不安だった。一日で強くなった実感はあるけど、霧崎相手に勝てる気なんてしない。それでも、彼女の目は俺に固定されて離れない。

 その瞬間、霧崎の口元がゆっくりと上がった。


「うん……滝川が……今の滝川でいい……!」


 俺の名前を呼ぶ霧崎は、とても息が荒く、艶っぽい声をあげていた。

 はぁはぁと乱れた呼吸を隠しもせず、血走った目で俺を見て舌なめずりを繰り返している。

 ……普段は無表情に近い霧崎が、こんな風に感情をむき出しにするのは戦闘のときとえっちシーンの時くらいだ。

 そんなゲームの時にしか見ていなかった霧崎の姿を見られて、俺としては嬉しい気持ちはあるのだが……彼女と戦うのはまだ早い……。


「滝川……私、もう我慢できない」


 うん。そのセリフ、状況が状況なら嬉しいものだったんだけどな……。


「あの時よりも、滝川は凄い……お願い……私と……して……っ」


 戦って、な?

 周りに人がいたら誤解されそうな霧崎の対策を脳内で考える。

 ……ゲーム本編では、もっと強い霧崎と……もっと弱い主人公で戦う負けイベントがある。

 ただ、負けイベントではあるが……1ダメージは通る設定にしていた。


 敵の攻撃を完璧に見極めていけば、うまいプレイヤーなら勝つことができるようになっている。

 ゲームでは、勝利した場合はジャイアントキリングというトロフィーがもらえた。……この世界で、トロフィーコンプリートという概念はないので無意味ではあるが……勝てない相手ではないんだよな。


「分かったよ。……頼むから殺さないでくれよ」

「もちろん……そこまではしない……っ」


 すでに、興奮が抑えきれなくなっているようで、片手剣を抜いた彼女は体を僅かにくねらせている。

 ……本当、バトルジャンキーだな、霧崎は。


 俺と霧崎は三階層にて、向かい合い……それぞれの武器を構える。

 向かい合った霧崎は、それはもう楽しそうな表情をしている。

 ……俺に、そこまで期待されても困るんだけな。

 わざと負ければ霧崎の俺への興味はなくなるのかもしれないが――わざと負けるなんて……ゲーマーとしてのプライドが許せん。


 なので、全力で勝ちにいかせてもらう。

 彼女に勝つためには、ゲーム本編での立ち回りが参考になるはずだ。

 今の霧崎の武器は片手剣。つまり、ゲーム本編での片手剣のような一定のコンボによる攻撃を仕掛けてくるだろう。


 そのコンボを発生させるように、立ちまわるつもりだ。霧崎の動きは相当なものだとは思うが、予想できる動きなら対応はしやすい。


 俺は、霧崎の動きを観察しながらじわじわと距離を詰める。

 霧崎も、まだ動かない。

 ……さて、どうやって霧崎の攻撃を誘導するか。

 戦闘の途中であれこれ考えながら動くのは難しいよな。


 霧崎は剣先を軽く動かしながら、構えている。

 隙はまったくなく、かなりの集中力だ。

 俺がもう一歩。彼女へと近づいた瞬間だった。


 霧崎が一気に間合いを詰めてきた。

 ……このタイミングで動き出すか。

 少しばかり想定外だったが、その剣の軌道は読めた。

 勢いよく振り下ろされた片手剣を、俺はギリギリでかわす。


 魔力を込めたグローブで受け止める、というのもありかもしれないが……今は回避に専念する。

 俺の回避に合わせ、霧崎は想定通りのコンボで仕掛けてくる。


 片手剣の一撃、そこからの素早い横斬り――霧崎の攻撃パターンは、確かにゲームで見た通りだ。

 次の瞬間、霧崎は剣を握っていない左手をこちらに向けてくる。


 ――水魔法だな。

 霧崎が使える魔法は水属性。その手から水が放たれる。

 周囲を薙ぎ払うように放出されたのは、ゲームではアクアスラッシュと呼ばれる魔法だ。

 俺はその瞬間を狙って後ろに大きく跳び、ギリギリでその水の刃を避ける。



―――――――――――――――

もしよろしければ、【フォロー】と下の【☆で称える】を押していただき、読み進めて頂ければ嬉しいです。

作者の投稿のモチベーションになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る