第30話
車で揺られること約一時間、高速道路を降りたあたりから、景色が徐々に田舎らしい雰囲気に変わっていった。最初は建物がそれなりに見えていたが、車が進むにつれて、緑の広がる田んぼや農道が目立つようになってきた。風景の変化に伴い、周囲の静けさも増していく。
さらに少し進むと、本格的に田畑ばかりとなり、のどかな雰囲気が漂っていた。
小さな商店街や、田舎特有の古びた民家がちらほらと点在している。都会の喧騒からはかけ離れた、落ち着いた田舎の風景だった。
「ここが静穂市……か」
ゲームの世界で見たのは復興中の静穂市のみだ。
実際に訪れるとその静かな雰囲気が心に染み渡る。
……ここが、来月には崩壊するんだもんな。思うところはあるが、だからといって干渉するつもりは……ない。
車がゆっくりと進み、最終的に俺たちが泊まる予定の場所――ルシファーユニオンの拠点となる宿に到着した。
宿泊先は昔ながらの民泊風の建物で、風情ある造りだ。
庭には木が植えられ、木造の玄関が堂々と構えている。
……カッコ良い立派な大型バイクがあるが、あれはルシファーの趣味だろうか?
「こちらが、ルシファーユニオンの拠点の一つになります」
ルシファーは日本の文化などに強い興味を持っていて、こういった日本風の家屋を好んでいるというキャラクターだ。あと、オタク趣味ももっていらっしゃる。本人は隠しているが、好感度を上げれば見ることはできる。
車を駐車場にとめて玄関へと向かうと、老婦人といった見た目の女性が、俺たちを出迎えてくれた。彼女は穏やかな笑顔を浮かべ、ゆったりとした動作でこちらに向かって頭を下げる。
「いらっしゃいませ。遠路お疲れ様でした。私は高崎芳子と申します。この家の家事や掃除などを担当させていただきます。どうぞ、よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
芳子さんは、まるで自分の孫に向けるような優しい眼差しを向けてくれた。
その姿に、俺たちは自然と笑顔が浮かび、頭を下げた。
「それでは簡単に案内いたしますので、どうぞついてきてください」
マルタの言葉に俺たちは中へと入っていく。玄関で靴からスリッパへと履き替え、通路を歩いていく。
外観は古そうに見えたが、中はリフォームをしたのかかなら新しい。
古風な和風の雰囲気はそのままで、綺麗になっている。案内された部屋はかなり大きく、畳の香りがどこか懐かしい気持ちにさせる。
部屋の一角には、古い掛け軸や茶器が飾られていて、それがまた趣深い。
「いい場所ですね。ここなら、リモート授業やユニオンの作業も落ち着いてできそうです」
「そうね……畳っていいわよねぇ」
セラフが満足そうに微笑み、ルミナスはすりすりと畳に頬を擦り付けている。
別に悪魔たちが日本風のものを好むという設定はないのだが、ルミナスも結構和風が好きなんだよな。
セラフとルミナスはダンジョンに同行しないため、ここでの時間が長くなる。
問題ないのなら、何よりだ。
俺たちが荷物を置き終えたところで、霧崎が俺の方に声をかけてきた。
「滝川。ダンジョンの時間」
「……そんな時間は作ってないんだけど」
「私の旅のしおりにはある。そろそろ、行かないと」
まったく……勝手なやつだ。
とはいえ、静穂市にはダンジョンに挑むために来ている。
もう少し、ゆっくりしたい気持ちはあったが……あまり長居してもいいことはないからな。
静穂市にはタイムリミットがある以上、早めにダンジョンに潜り、強くなっておかないとな。
「それじゃあ、俺たちはダンジョンに行ってくる」
「分かりました。……まだメンバーがいませんし、一人での行動が増えますのでお気をつけてくださいね」
「まあ、霧崎もいるから大丈夫よね」
その霧崎が一番攻撃してきそうなので心配なんだけどな。
そんなことを内心では思ったが、心配を煽るようなことはしたくなかったので、何も言わずに霧崎とマルタとともに部屋をでた。
マルタが運転席についたところで、問いかけてくる。
「それでは、静穂ダンジョンに向かいましょうか?」
「……その前に、装備品を整えたいです。静穂ダンジョン近くの通りでおろしてくれませんか?」
「分かりました」
静穂市の装備品は崩壊前と後でも品揃えが変わらず優秀な設定だ。
ゲーム通りであれば、ここで装備を整えるのも天魔都市で装備を整えるのも対して変わらない。
そもそも、最終装備を本気で目指すならドロップ装備品を狙う必要があるわけなので、あまり細かいことを気にする必要はないんだよな。
車で二十分ほど走ったところで、目的地へとついた。
ここまで運転してくれたマルタは疲れを見せる様子もなく、背筋をピンと伸ばしてこちらを見てくる。
「それでは私は近くで待機していますので、何かあれば連絡ください」
「分かりました」
マルタと連絡先を交換し、彼女とはそこで別れて俺たちは通りへと入った。
静穂市のこのエリアには、武器屋やダンジョン関連の店が並んでいる。
そこまで繁盛している様子がないのは、やはり契魂者の人数が少ないからだろう。
「ここに来れば、だいたいのものが揃う。ダンジョンに挑む前に来るといい」
「そうなんだな」
そんな霧崎の説明に相槌を打ちながら、俺たちが通りを歩いていると、周りの目が霧崎に集まっていることに気づいた。
「おぉ、霧崎ちゃんじゃないか! 久しぶりだね!」
「佐藤さん。久しぶり」
「霧崎ちゃん、戻ってきてたんだねぇ!」
「うん。ちょっとダンジョンで滝川と戦うために」
理由が違うぞ。
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