第29話
しばらくして、前に座っていた霧崎が体を後ろに向け、飴玉を差し出してきた。
「食べる?」
「……両腕、動かせん」
気づいたら、セラフからも寝息が立っている。どうやら、本気で眠りだしたようだ。
下手に動くと、どちらかを起こすことになりそうだし、もう少し美少女二人とくっついている時間を堪能したい気持ちもある。
「口開けて」
霧崎に言われるままに口を開けて待つ。気持ちはツバメの赤ん坊。
まさか、あーんをしてくれるのか? 霧崎にそんなことをしてもらえるなんて、なんて俺は幸せ者なのだろうか。
今だけはモブという立場を忘れて全力で楽しもうと思った次の瞬間。
霧崎が指で飴玉を弾くと、超高速で放たれた飴玉が、俺の口元目がけて飛び込んできた。
親鳥が子どもに餌をあげる優しいシチュエーションではない。見事なまでの虐待だ。
「あが!?」
「よし」
「……よしじゃねぇ。喉まで行くところだったぞ」
「油断しないで」
「お菓子食べさせてもらう場面でも警戒しろと?」
「それが強くなる秘訣」
霧崎は満足げな様子である。
こんちくしょうめ。まあでも、食べさせてもらったことには変わりないし、この記憶は大事にとっておこう。
「それにしても……セラフがここまで親しげにしてるとは」
霧崎はセラフの様子を見て、感心したように頷いている。
「……最初からこんな感じだが、違うのか?」
「普段は周りと一定以上距離を詰めないようにしている」
……まあ、セラフはそういう子だな。家がそこそこ上級天使を排出している恵まれた家系だ。いわゆる貴族のような立場である彼女は幼い頃から下心満載の人たちに言い寄られることが多かったため、自分の本心を表に出すことが少ない。数少ない心を許しているキャラクターは、霧崎とルミナスくらいだ。
……好感度が高くなると、だんだんとセラフが我儘を言ってくれるようになり、それが滅茶苦茶可愛いのが彼女の魅力だ。
つまりまあ……やっぱり今のセラフは好感度が一定以上あるんだよな。
「そうなんだな。俺はそのセラフは知らんな」
ゲームでの知識はあったが、こちらに来てから他人行儀なセラフを俺は知らない。
霧崎が少し考えるようにして、口を開いた。
「助けてもらったこと、凄い感謝してた。私たちのために頑張ってくれたから絶対に助けてください、ってあなたがユニオンに運ばれた時に言ってた。だから、感謝してるんだと思う」
……最初の、出会いが関係しているか。
あれに関しては完全に俺が悪かったが、結果的にセラフを助けたことで、もしかしたら救世主か何かに見えたのかもしれない。
それが、過剰に好感度が高い状態でのスタートの原因だとしたら、頷ける部分はある。
「ルミナス様も、滝川様に心を許しているようで……珍しいですね。ルミナス様、色々と立場的に大変ですので、滝川様も支えてあげてくださいね」
……マルタが穏やかに微笑みかける様子は、まるで姉か母のような慈愛に満ちた様子だ。
……ルミナスの家庭も色々あるんだよな。
彼女の家はそこそこの悪魔の家系だ。セラフの家を侯爵家くらいだと考えたら、ルミナスの家は子爵家くらいの立場をイメージして設定した。
ルミナスは家が始まって以来一番の才能を持っていて、家族からはめちゃくちゃ期待されまくっている。……だというのに、常にセラフに負け続けているということで家からは色々と圧力がかかっているそうだ。
だから、周りのことを気にしている暇がまったくない。
その余裕の差の分だけ、学校での様子に現れている。
ルミナスは周りと関わらず、セラフは一応親しく接している。
まあセラフはセラフで……表面上の関わりは多いが本心で接する相手はほとんどいないんだけど。
セラフかルミナスのどちらかも仲良くなり、イベントを進めていくと彼女らの家庭などの事情に踏み込んでいくエピソードも出てくる。
とはいえ、それは主人公の仕事だ。俺はモブなので、もちろん踏み込むつもりはない。
「……まあ、できることがあれば」
濁した返事をしたが、マルタは不満そうな様子はなく、ただ微笑を浮かべた。
何かあったら俺が対応してくれるだろうと信頼しているかの様子だ。
俺は、そこまでできた人間じゃない。
ただのモブで、この世界のゲーム本編を楽しみたいだけなんだからな。
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