第12話

 距離が近づくたびに、俺の鼓動は早まり、もう既に緊張で体が硬直していた。

 ルシファーの整った顔が間近に迫った。

 真紅の瞳が俺をじっと見つめ、唇が少しだけ持ち上がって微笑む。


「ちょっと失礼するな」


 その一言とともに、ルシファーの指がそっと俺の額に触れた。冷たい感触が肌に伝わり、一瞬で背筋が震えた。

 あのルシファー様が俺に触れているぅぅぅ!


 ていうか、顔が近すぎるだろ! どの角度から見ても完璧な美しさ。

 ルシファーの燃えるような赤髪が俺の頬に軽く触れて、それだけで俺の中のオタク魂が悲鳴を上げる。

 まつげ長っ! こんな間近で見ても、肌が綺麗すぎるぅぅ! これはダメだ。気絶しそうだ。


 俺の額に優しく触れてるルシファーの指! 柔らかくて冷たくて、完全に俺の魂が溶けそう!

 俺、やばい、死ぬかもしれん!


 内心のバクバク音が聞こえないか心配でたまらない。……いやいや、大丈夫、冷静になれ。

 ここで変なリアクションしたら台無しになる。こんな尊い瞬間を無駄にしてはいけない!

 ……もう、ここで人生終わってもいいかも。


「本当にどっちとも契約できてんだな。……んじゃあ、滝川。……三人でユニオンを作るってのはどうだ?」


 ……契約の、確認をしていたようだ。

 問いかけてきたルシファーに、俺は一瞬トリップ仕掛けていて反応が遅れながらも、冷静に問いかける。


「……どういうこと、ですか?」

「簡単な話だ。セラフとルミナスと契約したんだ。三人でユニオンを作って、ユニオンの仕事を本格的に始めていくってのはどうだってことだ。二人を守れるように強くなるには、虚獣狩りをするのが一番だからな」


 ……ユニオン、か。

 先に契約をしてしまったせいで、おかしな順番になっているな。

 通常の流れとしては、上級天使、悪魔になり、ユニオンを作り、それから契約をする。

 ユニオンを作るか作らないかの選択肢はそもそも契約してからはないのだ。

 ユニオン、という言葉を聞いて、真っ先に反応したのはこれまでずっと黙って聞いていたルミナスだ。


「ユニオンですか……っ!? ユニオン、あたしが作ってもいいんですか!?」


 ……ルミナスは、ユニオンを作って大活躍するのが一つの目標だったからな。

 その夢が叶うのだから、そりゃあテンションも上がるというものか。


「ああ、いいぜ。契魂者がセラフとも契約している以上、セラフと共同のユニオンってことにはなるがな」

「滝川! ユニオン作りましょうよ!」


 そんな急に顔を寄せるのはやめてほしい。

 惚れちゃいそうになるから。

 小悪魔の尻尾を左右に振っている姿がとても可愛らしい。

 あの尻尾はとても感度が良いので、触れるとそれだけでえっちな声を上げるのだが、それを今握るつもりはもちろんない。


 俺の両手を掴み、目をキラキラと輝かせてくる彼女から視線を外す。そうでもしないと、俺の心が持ちそうにないからな。


 ……ユニオンへの参加。それもゲーム本編ではありえなかったセラフとルミナスの二人とともに活動できるなんて、ゲームのプレイヤーなら狂喜乱舞していることだろう。

 俺だって、モブキャラではなく主人公ならばこれを喜んでいたかもしれない。


 だが、俺はあくまでモブキャラだ……。

 俺が、ゲーム本編を楽しむための修正案の一つは、セラフとルミナスとの契約をしたままではあっても、極力二人とは深い関係を作らず、ゲーム本編が始まったときにセラフかルミナスのどちらかと主人公が契約をする、という流れにしたかった。


 ……ユニオンなんて作ったら、ますます後には引き返せないのではないだろうか。


 もちろん、ユニオン自体は、俺としてもやってみたい気持ちがあったし、二人の安全を守るためにも近くにいるべきなんだろう。

 ゲーム本編の主目的は、新米上級天使か新米上級悪魔のどちらかと契約を結んだ主人公が、自分のユニオンの知名度を稼いでいくというものだ。

 一定以上知名度と、契約したユニオンリーダーの好感度を稼ぐことで、ムフフなシーンを楽しめるようになるのだ。


 そうして知名度が上がってくれば、自分のユニオンに参加希望する人が増えるし、なぜか女性ばっかりの申し込み者を新たな契魂者として参加させ、その契魂者の好感度を稼いでいけば、また様々なえっちなシーンが解放されるというのがこのゲームの基本だ。


 もちろん、本編のシナリオやRPGとしての要素も作りこんでいて、別にえっちシーンがなくても楽しめるように作ってはいる。

 つまりまあユニオンに参加することで、いわゆる一般的なRPGのようにこの世界を楽しむことができるので、俺としてもユニオンを作りたい気持ちはある。


「ユニオン、いいですね」


 セラフが微笑とともにそういった瞬間、ミカエルがぱっと表情を輝かせる。


「それなら、ぜひミカエルユニオンの管轄に入ってほし――」

「ルシファーユニオンの管轄に入りな! 大歓迎だぜ!」


 ミカエルの言葉を遮るように声を上げたルシファー。

 ミカエルの笑顔が、濃くなる。

 あっ、あれは怒っているときのやつだ。


「ルシファー。人が話しているときに邪魔しないでほしいかな?」

「だってよぉ、お前がいきなり奪い取ろうとするんだもんよ。そりゃあ黙ってちゃいられないっての」

「放っておくと、あなたが無理やり誘うかもしれないって思ったからだよ? いつも強引じゃない。この前だって――」

「まあまあ、落ち着けって。あんま怒ると化粧で隠せないくらいほうれい線、深くなってるぜ?」

「誰のせいで怒ってると思ってるのかな?」


 明らかにミカエルの怒りのボルテージが増している。

 ルシファーとミカエルはこのようなやりとりが多くあるのだが、それを生で見れるなんて……喜ばしい限りだ。

 ゲームでは見たことのない絡みを見られて、とても大満足であったのだが、ルシファーが逃げるようにこちらを見てきた。



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