第4話

 俺が、好奇心に負けて夜の街に繰り出してしまったばかりに、大好きな二人に迷惑をかけるなんて……!


 ルミナスもセラフも、死なれたら大変だ。この世界の物語自体が、破綻することになる。

 それは、絶対にダメだ。俺がこの天魔都市に来た理由は、俺が大好きな物語を間近で見るためでもあるんだからな。


 セラフたちは、虚獣を巻くため、近くの廃ビルへと駆け込んでいく。

 中へと入り、近くの部屋に入っていく。少しだけ落ち着けるようになったところで、ルミナスが俺を地面に置いてくれた。


 ……ここまで俺を運んでくれたのだから、彼女は相当体力を消耗しているはずだ。びっしりと汗をかいていて、こんな状況でなければルミナスたんの汗はぁはぁ、とか考えていたに違いない。いや、少し考えている。

 ……とにかく、俺はこの状況をどうするか必死に考え始める。

 

「すみませんね。巻き込んでしまって」


 難しい顔をしていたからか、セラフが申し訳なさそうにそういってきた。

 ……どうやらセラフは自分たちが巻き込んでしまったと考えているようだ。

 それは、違う。

 巻き込んだのは、俺だ。俺がいなければ、今頃彼女たちは二人で逃走し、駆けつけた誰かが虚獣を討伐していたことだろう。


「いや……俺が夜に出歩かなければよかったんだ。二人は、関係ない」

「……先ほども助けてくれたし、お優しいのですね」


 いやーそれほどでも……ではない。

 全て俺のせいなのだが、ゲームではこうだったから、なんて説明するわけにもいかないのでモヤモヤするぜ。

 セラフは俺がただ優しい人間だと勘違いしてしまっている。俺はそんな人間ではない。

 優しい人間ではなくやらしい人間なのだ。

 彼女の純真無垢な瞳から視線を逸らすしかない。

 

「……セラフ。そっちの救助はまだ来そうにないの?」


 ルミナスが焦った声で問いかけると、セラフは冷静な表情を崩さずにスマホを確認していた。


「連絡はしているのですが、到着にはまだ時間がかかりそうですね。ルミナスさんの方はどうですか?」

「こっちも、似たような感じよ。最悪の状況ね……」


 虚獣は今も俺たちを探して回っていることだろう。

 あいつが次に襲いかかってきたら、三人ともひとたまりもない。

 だからこそ、俺は決断をしなければならなかった。



「……俺が悪いんだ。こんな夜の街を出歩いたせいで、二人を巻き込んじまったんだ。だから――」


 俺は拳を握りしめ、躊躇いながらも言葉を口にした。


「――俺のことは、置いていってくれ。二人だけでも助かってくれれば、それでいい」


 もちろん、死ぬのは怖い。

 だが……だとしても、二人が助かるならそれが本望だ。

 リアルに、この世界の物語を見てみたい気持ちはあったが、まあ仕方ないよな。

 しかし、俺の言葉に反応して、ルミナスがぎりっと睨んでくる。


「……あんたね、助けてくれた人を置いて逃げるなんて、そんなことするわけないでしょうが!」

「いや、俺がそもそも……夜の街なんか歩かなければ、こんなことにはならなかったんだ」

「関係ないわよ、それは! 今は全員で助かるための作戦を考えるのよ!」


 ルミナスがピシャリと一喝してくる。

 ……まあ、ルミナスもセラフも、誰か一人を犠牲に生き延びるようなキャラクターではないというのは分かっていた。


 それでも、俺としては見捨てて逃げてくれてくれた方が嬉しかった。

 ……三人で生き残る作戦、か。

 正直言って……ないことは、ない。

 ゲーム本編の知識と、様々な設定の製作に関わった俺としては、この状況を打破する方法を知っている。


 それは――セラフとルミナス、どちらかと契約を行うというものだ。

 そうすれば、俺は虚獣と戦うための力を手に入れられるわけで、それであの虚獣にも対抗できるようになるはずだ。

 だが……だが!


 それは、さらに物語を歪めることになる大問題だ!

 本来、セラフとルミナスはゲーム本編の主人公である神代翔がどちらかと契約を行うんだからな。

 つまり、俺が彼女らのどちらかと契約をしたら、物語に大影響を与えてしまうというわけだ。

 そうなれば、俺の好きなこの世界を俺自身の手で歪めてしまうかもしれないのだ。


 そ、そりゃあ……手の届くはずのなかったセラフやルミナスと関われるかもしれないということに多少なりとも心惹かれるものがあるというのも嘘ではないが……だが物語を改変するようなことはしたくない!

 俺はあくまで、一モブとして原作キャラクターたちがキャッキャウフフしているのをみたいだけなんだ!


 そんな複雑な葛藤をしていると、ルミナスが俺の顔を見てきた。


「あんた……何か思いついたの?」

「いや、そ、その……だな」


 問題は、別に俺の個人的なものだけではない。

 俺自身が彼女たちのどちらかと契約することで……物語が大きく変化する可能性があることへの心配もある。

 だが……二人が俺を見捨てて逃げてくれない以上……ここで全滅する可能性もあるわけだよな。

 二人の期待するような視線に、俺は諦めるように口を開いた。


「……二人のどちらかと、契約をしたら俺が虚獣と戦えるようになるんじゃないか、と思ってな」


 俺がそういうと、セラフとルミナスは顔を見合わせてから首を横に振った。


「……ああ、なるほどね。それは、ダメよあたしもセラフもまだ下級なんだから」

「……はい。申し訳ないのですが、まだ私たちに契約を行うだけの力はないんですよ」


 ぺこり、とセラフは頭を下げてくる。



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