第5話
……本来、天使や悪魔が人間と契約を行うには条件がある。
それは、契約を執行する天使や悪魔の力が、一定にまで到達している必要があるというものだ。
ゲーム本編から一年前である現在のセラフとルミナスは、まだ下級天使、下級悪魔という見習い期間のはずだ。
……ただ、俺はその契約に関して、ある裏技を使えば突破できると知っている。
人間、天使、悪魔の力は、感情によって大きく上下する。
簡単に言えば、怒りの力でパワーアップする、とかそんな感じだ。
だから、二人の感情を揺さぶることができれば、契約が可能になるはずなんだ。
「かくれんぼは、そろそろ終わりにしないかぁ?」
虚獣の不気味な声が近くで響いた。
……ぴたり、と虚獣の足が止まった。
もう、近くまで来ている。そして、恐らくだが……この部屋へと入ってくるはずだ。
「……二人とも、援軍はまだだよな?」
「ええ、難しそうですね。……こうなったら、覚悟を決めるしかありませんね」
セラフの言葉には決意がこもっていた。
「セラフ。何かいい作戦でもあるっていうの?」
「このまま一緒にいては、共倒れになってしまいます。全員が逃げられる可能性があるとすれば……囮、を使うしか」
「まさかあんた――」
ルミナスの問いかけに、セラフがふっと微笑む。
だが、その微笑みには諦めが滲んでいた。
「どちらにせよ、どちらかが残るしかないんです」
「だからって、そんな死ぬかもしれないじゃない!」
「そうですね……。私とあなたは、小学生の時からいつも一、ニを争って競っていましたね」
「それは――」
ルミナスが、視線を下にさげる。まるで死亡フラグかのように昔語を始めたセラフに、ルミナスの表情がくしゃりと歪む。
「て、ていうか、今生の別れみたいに話さないでよ。いやよ、あたし……」
「今生の別れになるかはあなた次第です、ルミナス」
「ん?」
「囮役、頑張ってください」
「ってあたしかい! あんたが囮やりそうな流れだったじゃない!」
「私、まだ死にたくありませんよ?」
「あたしもよ……!」
……ああ、尊い。
二人の軽口を言い合っている姿を見られて、俺はもう昇天しそうになっていた。
この二人を、ここで失うわけにはいかない。
「セラフ、さっきの囮作戦はうまく行く可能性はあるのか?」
「……どう、でしょうか。正直言って、難しいと思います。足止めで残った方は……かなり危険かと」
「それ、あたしにやらせようとしてるのよね?」
「冗談ですよ。もともと、私がやりますから」
セラフはそう言って笑顔を浮かべたが、ルミナスは目元に涙をためながら首を横に振る。
「そんなの……あんたのこと、別に好きとかじゃないけど……でも、死んでほしいなんて思ってないの。だから、残るなら、あたしが残るわ」
「あっ、そうですか。では、お願いしまーす」
「いや、ちょっとは迷いなさいよ!」
くすくす、とセラフが微笑んでいたが……彼女は完全に覚悟を決めた表情をしている。
セラフは口ではこう言っているが、一度覚悟を決めたらやる子だ。
下手をすれば、このまま一人虚獣の前へと行き、勝手に囮作戦を始めてルミナスがどうしようもない状況を作りかねない。
それは、阻止しないといけない。
セラフが、部屋の外へと体を向けたその瞬間。俺は反射的に腕を伸ばし、その手を掴んだ。
……あっ、柔らかい手。信じられないくらいふにふにで、これがセラフ様のおてて……!?
勝手に握って本当すみません。マジで。
正直、意識がどこか遠のきかけるけど、気をしっかり持たないと。
「セラフ。さっきの契約なんだがダメで元々なら、挑戦くらいならいいんじゃないか? 二人の、どっちにも無茶をしてほしくないんだ。……もしも、契約できたらそれで万事解決だろ?」
「「……」」
俺の提案に二人は顔を見合わせている。
一番は俺を囮にさっさと逃げてほしいのだが、二人が逃げようとしない以上……契約するしかない。
それに、俺だってできるのなら……まだ死にたくないしな。
「……できるか分かんないけど、成功したらそれが一番よね」
「……そうですね。どちらかが契約できれば、儲け物です。時間もありませんし、同時に行いましょう」
セラフも、決意を固めたように頷く。
二人がじっと俺を見つめてくる。そして、ルミナスの口元がゆっくりと開いた。
「人間、名前は何て言うのよ」
「……滝川悠真だ」
「分かったわ。それじゃあ、契約を開始するわね」
「ああ。頼む」
二人が俺の声に頷いた次の瞬間だった。
「みーつけた……!」
低く、ねっとりとした声が部屋に響き渡る。虚獣が、まるで獲物を狩る捕食者のように、忌まわしい笑みを浮かべて部屋の入り口に現れた。
ここに来るまでに肉体が完成したのか、虚獣の姿は一段と禍々しく、黒い鱗が反射する光を吸収し、赤い瞳がぎらりと輝いている。
その視線は鋭く、まるで俺たち全員を食い尽くさんばかりの様子だ。
セラフとルミナスは一瞬体を震わせたが、すぐに表情を引き締め、同時に契約の言葉を紡ぎ始めた。
「我が名はセラフ。天使の名において、滝川悠真と契約を結ぶ。光の力をもって――」
「我が名はルミナス。悪魔の名において、滝川悠真と契約を結ぶ。闇の力をもって――」
彼女たちの声が心地よい響きをもって俺の体に届く。
……な、生で二人の契約するシーンが見られるなんてな。
こんな状況だというのに、ゲーム本編を追体験しているような感覚に、心がドキドキしているのが分かる。
だが、虚獣はセラフたちの尊いお声が聞こえていないのか、どす黒い笑みを浮かべた。
―――――――――――――――
もしよろしければ、【フォロー】と下の【☆で称える】を押していただき、読み進めて頂ければ嬉しいです。
作者の投稿のモチベーションになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます