第3話



 人間のような二足歩行をしながらも、腕が六本ほどはあった。

 ぎょろりと三つある目がこちらを睨み……明らかに怪物だと認識させるには十分すぎる見た目。


 建物の屋上付近からぎらぎらと赤い目がこちらを見据えている。


「……っ」


 その気配に反応したのか、セラフとルミナスも表情を強張らせ、身を引き締める。


「そういえば、あいつに追われてたんだっけ……っ」

「……そうですね。急いで逃げませんと……」


 セラフとルミナスが舌打ち混じりに呟いて、俺の上から立ち上がる。

 虚獣の視線が、セラフとルミナスの二人に向けられた後、俺にも向く。


「……腹ごしらえでも、するかなぁ」


 虚獣って、普通に人間も食べる設定があるんだよな。

 視線が合うこと数秒。

 あっ……狙われましたね、これはぁ。


「人間さん! あなたも逃げますよ!」


 セラフの呼びかけに反応して、俺はすぐに立ち上がるのだが。

 ……足が痛んだ。さっき、セラフとルミナスを受け止めるときに痛めてしまったらしい。


「あんた、その足大丈夫!?」


 俺の苦悶の表情に、ルミナスがいち早く気づいたようで声をかけてくる。

 だが、セラフとルミナスを巻き込むわけにはいかない。

 二人に何かあったら、二人のファンたちに合わせる顔がない! 何より、前世の俺が許さないだろう。


「いや、俺のことはいい! 二人はすぐに逃げて――」

「放っておけるわけないでしょうが!」


 ルミナスが叫びながらやってきて、俺を背負ってくれる。小さな背中ではあるが、それなりに力がある彼女は、俺を見事に担いでくれる。

 だが、逃げ出そうとした瞬間。

 虚獣が屋上から地面へと落ちて、着地する。


 ドンッという鈍い衝撃音が響いた。

 地面が一瞬揺れるほどの衝撃で、足元のコンクリートにはひびが入り、細かな破片が飛び散る。

 虚獣の着地は重く、周囲に微かな振動を残しながらこちらを睨みつけてくる。


 対面して分かるが……虚獣の放つ圧迫感は凄まじい。

 周囲の空気が重くなり、押しつぶされそうな感覚が全身を包み込む。

 ……主人公たちは、こんな奴を相手に戦っていたのか。


 すまん。もうちょっと可愛いデザインの敵にしておけばよかった。

 製作者として、謝罪しておいた。


「……逃げられると思ってんのかぁ? 天使ぃ、悪魔ぁ……!」

「逃げるに決まってるじゃない! セラフ!」

「はい、任せてください」


 セラフがそういった瞬間、彼女が地面に何かを叩きつけた。

 それは、煙玉だ。

 地面に当たった次の瞬間。

 白い煙が辺りに充満し始める。視界が一気に奪われ、全てがぼんやりと霞んでいく。煙は鼻をつくような独特の匂いを放ち、呼吸がしづらくなる。


「ぐお!? 煙!? テメェら! 逃げるなんて卑怯だぞ!」


 俺はルミナスに背負われるようにして、その場から逃げ出した。



 虚獣――それはこの世界における最大の脅威であり、人間の負の感情や絶望を抱えた魂が具現化した怪物だ。

 虚獣はその力を持って周囲の生物を襲い、負の感情をさらに増幅させていく。


 虚獣に対抗できるのは、天使や悪魔との契約によって力を引き出した人間だけだ。


 天使や悪魔は、人間と契約することで人間の力を引き出す力に長けており、彼女らだけでは虚獣という脅威を退けることはできない。

 天使や悪魔は、虚獣化してしまいそうな魂などの回収を行うのが仕事であり、恐らくセラフとルミナスも回収作業をしていた時に……虚獣のあいつに襲われたんだろう。


 あの虚獣がどれほどの脅威度かは分からないが、今の俺たちに逃げる以外の選択肢はなかった。

 ルミナスに担がれるまま、俺たちは必死に逃走を続けていた。


 ルミナスにおんぶされるなんて、まさに夢のような状況だ。

 彼女の背中から、柔らかさや温もりが直に伝わってくる。さらに彼女の黒紫色の髪が風に揺れ、ふわりと俺の顔にかかるたび、ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐる。

 あぁ、幸せすぎて心臓が爆発しそうだ……。


 だが、そんな気持ちは一瞬。

 今はゲームじゃない。命がかかっている状況であり、俺は素直にこの状況を喜べずにいた。


 あの虚獣がどれほどの強さか分からないが、少なくとも今の俺たちに立ち向かう力なんてない。

 天使や悪魔は、普通の人より少し力があって、少し強いくらいだ。

 抵抗することはできても、とてもじゃないが、あの虚獣に勝てるわけがない。

 だからこそ、二人は必死に逃げているわけだしな。


 セラフたちとともに、街の中を駆けていく。逃げていく方角は、亡霊区の方だ。ここは、かつて虚獣が大暴れしたことがあり、現在は再開発が行われている区画で人が少ない。

 ……そのため、民間人を巻き込むことこそないが、それだけ援軍も期待できないエリアになる。


 セラフたちがそちらに逃げ込もうとしているのは、周りを巻き込まないためなんだろう。 

 ルミナスの背中のぬくもりを感じながら、俺は状況を打破するために考える。

 

 普通に考えれば、セラフもルミナスもゲーム本編が始まる来年まで死ぬことはない。

 主人公が、セラフとルミナスのどちらを選ぶかは分からないが、どちらかと選んで契約を行い、物語が始まるまで、二人は無事なはずだ。


 ――だが、それは普通にこの世界が機能していた場合に限る。

 その普通は、俺というイレギュラーによって壊された可能性がある。

 滝川悠真――俺という人間は、ゲーム本編には出てこないモブだ。

 普通に暮らしていれば地元の進学校に通っていたわけで、天魔都市には本来いない人間。


 ……つまりまあ、今のセラフもルミナスも、物語に守られた安全な状況ではないということだ。

 なんてことをしてしまったんだ俺は……!


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