劣等魔道士、最恐に弟子入りする
@suika25
第1話
うだつが上がらない人生だ。
僕はどこまで行っても情け無くて、弱くて、逃げてばっかりだ。そんな自分でも胸を張って生きて行けるようになりたいと必死に勉学に勤しんだ。
その努力が身を結び、かの有名な魔道士の育成学校、レヴリオ魔道士学院に入学する事ができた...がそれが最大の過ちだったのだろう。
僕は学力と魔法の素養が認められてギリギリで入学ができた、言わば劣等生だ。まだ魔道士として実力がなくとも才能さえ有れば学舎に入れるのだが、入学してから半年。それだけの時間が経ったのに未だに僕は魔法をろくに扱えない。
いい加減周りの目がキツくなってきた。僕と同様の人間は幾人もいた。
しかし、皆は己が才能を開花させてしっかりと活躍している。級友に白い目で見られる毎日は耐え難い。でも、僕には目覚めていない才能があるって信じたかった。
*
「メルス君。貴方が受験の時に受けた
「...え」
その言葉を耳にした瞬間、僕を支えていた精神的支柱が瓦解した。レヴリオという大きな学院に素養ありと太鼓判を押され、この学院に入ったのだ。どれだけ惨めな思いをしても、失敗を繰り返しても「自分には必ず才能がある」そう信じることができたからこれまでやってこれた。
でも、それすらまやかしであった。
「申し訳ありませんが、貴方には再度この学院に残れるだけの力を証明してもらいます。本来であれば私達の過失なので継続して学んで貰うのですが...貴方はこの半年の間、何も成果をだしていません」
つらつらと流れる教師の言葉に胸が刺されるような思いをする。でも何一つ間違っていなくて、自身のような劣等生を学校から卒業させる事は大きな損失だと考えているのだろう。だから、悔しくて涙が出そうだった。
「...3ヶ月間の猶予を与えます。それまでに何でもいいです、
僕の反応をみて、少し悲しそうな顔で在学する為の期間と条件を提示してきた。条件に関しては曖昧だが、何か一つの分野でも才能があるとかを証明しろって事だろうと勝手に解釈する。色々言いたいことや、不満はあるが、「わかり...ました」と頷くしかなかった。
*
「よぉ!メルスちゃん...漸く才能無いって認められたらしいなぁ!」
長ったらしい前髪を垂らしながら挑発気味に寄ってきたのはカトリオット・カトラス。やる事なす事失敗する僕をずっと馬鹿にしてくる嫌味ったらしいやつだ。
「それが何だよ...」
「いやぁ!テメェのその女顔ももう見る事は無いって思うとせいせいするからよ!」
「まだ、退学って決まったわけじゃないよ」
精一杯の強がりで言葉を使うがカトリオットはそれを聞いて腹を抱えて笑い出した。
「くくくく、はははは!お前それ本気で言ってんのかよ。どんな条件を提示されたか知らねぇが半年で何もでかなぁ奴が今更なんかできんのか?」
「ッ!」
何の反論もできなかった。あまりの悔しさに唇を噛む。
そんな僕の姿がよっぽど楽しかったのか、いつもよりも饒舌に話し始める。
「くくく、メルスちゃんよぉ知ってるか?
「...」
僕はその話を黙って聞き続ける。
「
廊下を右往左往しながら偉そうに講釈を垂らすにカトリオット。かなりムカつくが割と含蓄のある話なのでとりあえず耳を傾け続けている。
「要は照らし合わせた対象と類似していたが故に才能アリと太鼓判を押すわけだ。基本的には間違っちゃいねーが、例外が毎年数例は上がる。でもそいつらは退学にはならねぇ。なんでかわかるか?」
「...別の才能が開花したから?」
鼻で笑いながら、僕の回答に解を出す。
「っは!ちげぇよ間抜け。凡人でも才能あるやつと比肩するくらい育ってるからだよ。それだけレヴリオってのは優秀な教育をしてる訳だが...テメェはどうだ?」
「ぼ、僕は!「メルスちゃんはよぉ!それだけの環境にいながら何にもできてねぇ屑鉄なんだよ!学院にとっちゃ百害あって一利なしの汚点だぁ。だから非があるのは学院側にも関わらず退学って条件がテメェに提示されたんだろぉ?」
カトリオットの拳に魔力が揺らぐ。紅く、猛る炎が
「どんなに惨めでもしがみつきてぇみたいだがな、いい加減目障りだ。俺様が引導を渡してやるよぉ!」
「っひ!!」
猛火は吹き荒れ、顔面を焦がす一撃が頬を撃ち抜く筈、だった。
シュゥゥゥゥゥ、と氷を溶かす激しい音と共に廊下が蒸気で包み込まれ始める。僕の眼前には分厚い氷の障壁がカトリオットを阻んでおり、僕の顔を焦がすことは無かった。
「っち、レイサか」
彼が言葉を吐き捨てると廊下の奥から緋色の髪を靡かせた少女が現れた。激しい怒りを隠せぬほど青筋を浮かべながら。
「カトラス。校内での暴力行為は禁止って言ったはずよ。ましてや弱いものイジメなんてもってのほか。そんなにやり合いたいなら私が受けて立つわよ」
拳の炎を納め、苦虫を潰したような顔をしながら踵を返す。
「まだテメェとやる気はねぇよ。勝ち目つーよりか、勝ち筋を建てられない相手に挑むほど俺様はバカじゃねぇ」
彼はこの場を去っていく、両手をポッケに突っ込んで最後。僕の心を折るために捨てゼリフを吐いて。
「そうやって何時迄もヨシヨシしてもらってな、能無しメルスちゃん」
「カトラス!」
怒号に反応してそそくさとカトリオットはこの場を退散した。残された僕は確かに惨めだった。カトリオットの煽りにろくに反論もできず、認めてしまっていた。弱くて情けない自分を肯定してしまった、その上目の前の級友であるレイサにすらお情けをかけられた。
弱い者イジメ。彼女は確かにそういった。いや、いいんだ。何も間違ってないから。でもそれは僕にとって悔しくて悔しくて、今にも涙が出そうで耐えられない。精一杯の強がりで涙を堰き止め、間抜けにも倒れてしまった身体を起き上がらせようとする。
「メルス君、大丈夫?」
そう言って彼女は手を差し伸べてくれたが、僕は差し伸べられた手を《取る事はなかった》。
自身の力で立ち上がり、背を向ける。
「...助けてくれてありがとう。それじゃあ」
「あ、待って!」
そんな彼女の声を振り切って走り出した。時刻はもう放課後だ。僕を縛るような行事や授業は何も無い。だから全速力で駆けた。最初は一通りも多い所を走ったから誰かに見られたかもしれない。でもいい、そんな体裁を取り繕える程に今の僕は強くないから。涙を流しながら走った。足に乳酸が溜まり、重くなる。走れば走るほど息は乱れ、肺が苦しくなる。それでも、全速力だ。はち切れるほど走ってしまえば何もかも忘れるような気がした。
「ぜぇ、ぜぇ....ふぅ...」
どこかも知らない公園の端まで走った。何分間走ったのかもわからないくらい夢中になっていた。身体中から汗を噴き出しながら、ペットボトルの飲料水を喉に流し込む。大量の水が胃を満たし、生き返ったかのような気分になる。
ダラダラと頬を撫でる汗が地面へと落ちていく中、僕は虚空を見つめていた。これからどうしていくべきなのか、どうやって教師陣を認めさせるアプローチをとるかなど。走った後なので熱に浮かされそうだが、こういう時こそ冷静に考えねばならない。
公園の出口に置かれたゴミ箱にボトルを捨て入れ、ナビを片手に帰ろうとするが怪しげな道場を見つけた。
「魔道士...道場?何だあれ...」
『入会費、年会費一切取りません!最初から最後まで懇切丁寧に料金無しで貴方を育て上げます!』
ボロボロの看板に書かれたのは怪しさMAXの勧誘文。いつの時代の詐欺だよと思いつつ、少し気になってしまった。僕は現状、学園から少し離れたアパートの一室で暮らしている。補習の連続でバイトもできず、親の仕送りで生活しているので正直魅力的に見えてしまう。学院以外で何か習うべきだとは思っていたがキッカケが中々掴めなかった。もはや今がチャンスなのではないか?とかなり危うい思考で僕はそっと道場を覗くことにした。
「...そもそもまだやってるのか?」
木造の門は立派だったのであろう。今や腐っており、今にも朽ちて倒れてしまいそうでかなり不安だ。ギギギと鈍い音を立てて重たい門を開く。中は子綺麗なもんで余計なものがほとんど無い只の庭園であった。
石畳を歩いた先に入り口があり、掠れた文字で『入門希望の方はこのチャイムを押してください』と書かれていた。意を決して押し込むとチャイムが鳴り響いた。
「鳴った...まだ募集してるのか?」
ソワソワとしながら待っていると、鈍い足音が奥から聞こえてきた。確実に人は住んでいる、そんな確信と共にドアが開かれた。現れたのは背丈の高い筋肉質な男性であった。長く蒼い髪をオールバックにして一つ結びにした髪型。目の色は伺えない、サングラスをかけているからだ。革のジャケットを着たその姿は誰が見ても怪しいと言うだろう。
「入門希望者か?入れ」
端的な質問に頷くと直ぐに中へ迎え入れられた。中は外観とは全く違う内装であった。古びた東洋の道場の見た目であったが、中はフローリングで応接間まで案内された。
「よくあんなクソ怪しい文章を見て此処に来たな、余程金に困ってる輩か?」
高級そうなソファに座らされるといきなり面接のように質問を投げかけられた。というか、あの怪しい文章に自覚があったのかと少し呆れる。
「は、はい。お金にも困っていますが...それだけじゃなくて」
少し言葉に詰まっていると「ゆっくりでいい、しっかり話せ」と背中を押してくれた。その言葉が結構心強く、僕はそこから落ち着いて話すことができた。
「僕、どうしても強くならなくちゃいけないんです。レヴリオ魔道士学院に通っているのですが、実は才能が無かったと言われ、3ヶ月以内に成果を出さなくちゃいけないんです!」
その熱意が伝わったのか、男はニヤリと笑ったかと思うと軽快な声を上げた。
「ははは、そうかそうか。君、レヴリオの学生さんか。それならここにきて正解だ。俺も昔はあそこの学生でね、君の力になれると思うよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、勿論だとも。俺の名はヴェイン・アルダートン。君は?」
「メルス、メルス・ノービスです!よろしくお願いします!」
どうやら好印象だったようで出会ってすぐの緊張感は無くなり、後は和気藹々と話が進むと思った。
しかし、そんな甘い相手ではなかった。「よろしくね」と挨拶を返したと同時に部屋に極度のプレッシャーがかかった。
僕は生きてきてこれ程重い空気に当てられた。ことはない。カトリオットに襲われた時よりも、受験で極限の緊張をした時でもここまで、身体が立っていられない程のプレッシャーに晒されたことはない。
(気絶はしない...か。才能はからっきしだがようやく俺の求める人材が来たな)
ヴェインは重圧感のあるプレッシャーを発しながら人差し指、中指、薬指を立たせ、三を示す。
「俺が弟子に求めてる物は三つある」
指で一を示し、語り出す。
「一つは度胸、と言ってもお遊びみたいなもんだがな。怪しげな外観と文章、そして俺の姿にビビって逃げねぇやつだ」
指でニを示し、更に空気を重くする。
「二つ、忍耐だ。今、まさにお前が俺から受けているプレッシャーを耐えられるかどうかだ。大抵、というよりかお前以外は直ぐに気を失った。つまり第二関門を突破したのはメルス、お前だけだ」
指で三を示し、サングラスを外す。
「三つ、絶対に門派から抜けないと誓え。俺は無闇矢鱈に他の奴に俺の術を教えない。一人、多くとも二人にしか授けないつもりだ。もし、俺の門弟を途中で投げ出すなら俺はお前を殺す。その覚悟があるならこれにサインをしろ」
サングラスを外した目の周りには深い傷跡があった。その目からはこれまで言った言葉は何一つ冗談じゃないと訴えてくるように僕を見ていた。
弟子をやめるなら殺す。これは覚悟を見極めていると同時に嘘偽りはない。僕がある程度強くなって辞めたいと言ったら躊躇なく、この首を落とすだろう。それ程までにこの男は魔道に入れ込んでいる事がわかる。本気で鍛錬をして高みを目指すからこそ、己が弟子にも同じように真剣にぶつかり、何かを得ようとするのだろう。
ならば、それならば!魔道と共に散りゆく覚悟がある男なら信用に値する。
僕は重たい重圧に反発するべく、テーブルに手をかけて抗う。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
恐怖で膝が笑っている。だからなんだ。今目の前にいる男からも逃げてしまっては本当に何もできないグズのクソ野郎になってお終いだ。まだ、終わりたくない!!レヴリオに入って何もできないままの僕でドロップアウトしたくない!
僕は机に置かれたボールペンを手に取り、サインを書く。一文字一文字、プレッシャーに震えながら。文字はどれも乱れていてとても人に見せれるような物ではないが、初めて僕が何かに抗った勲章に見えて悪い気はしなかった。
「よくやった。メルス、これでお前は俺の門弟だ。まずはレヴリオ魔道学院を首にならんように3ヶ月、みっちり鍛えてやるから覚悟しろ」
「はい!師匠!」
こうして僕と最恐の師匠、ヴェインとの修行の日々が始まるのであった。
劣等魔道士、最恐に弟子入りする @suika25
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