第27話 エデンの恋人 ②
先生が教室に入って出席を取り終えると、委員長が〇〇さんの磨き上げてくれた黒板に、僕と〇〇さんの名前をカツカツと記入していった。
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クラス委員長選挙
〇〇君
〇〇さん
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下と横に開いた空間に、『正』の字を示していくようであった。
「まずは推薦されたお二人に、クラス委員長になる意気込みと抱負を述べていただいてから、今からお配りする用紙に、クラス委員長にふさわしいと思うどちらかの名前の記入をお願い致します。」
「その後で、こちらの箱に用紙を入れていただき、開票後に多数決にてクラス委員長を決定したいと思います。」
「それでは先日〇〇さんの対抗馬として推薦された〇〇君から、クラス委員長を目指す意気込みと抱負をお願いします。」
「・・・・・・。」
先日決めようと思っていた抱負ではあったが、睡魔に勝てずに結局眠りに落ちてしまっていた。
そして今朝はおねしょ騒ぎで、この発表があることをすっかり失念していた。
昨日寝がけに思いついたような寝言を、この場で披露する訳には、絶対にいかなかった。
僕を推薦してくれた〇〇さんが、机の上で両手を合わせて祈るように僕を見つめていた。
同意してくれた僕との未来が気になるあの子も、僕を見つめている。
今、隣の席に誰も座っていない女の子も、僕に期待しているように見えた。
いつも本を読んでいる不思議な女の子の口元が少し動いていた。
「頑張れ、頑張れ、頑張れ。」
口唇の動きで、つぶやきの声が理解できた。
子供の遊びなど見向きもしない、大人びたあの娘とそのグループの女の子たちも、僕を見つめていた。
なぜだか僕を応援しているような目つきだった。
「僕は・・・、もし、僕が委員長になったならば、いや、委員長になれても、今の〇〇さんのような自信も無いし、リーダーシップも無いのですが、・・・」
「・・・。」
「 きっと・・・、 きっと、女の子達を大事にします。」
突然のモブの告白に、教室中がざわめいた。
「ふっ、ふぅっ、ふざけんな!! 男はどうすんだ、男は!」
存在を無視された男子生徒が叫んだ。
僕は、完全に男子の存在を忘れていた。
「うるさいわね〜、男子は!」
「〇〇君の公約はこれなのよ。」
「〇〇君は女の子の味方なのよ!」
女子生徒達から声が上がり、僕を後押しする。
「じゃっ、じゃあ、みんなでもっと女の子を大事にすればいいんじゃないかな。」
僕の思いつきの発言だったが、男子生徒の怒声がピタリと止まった。
『男子生徒みんなで、女の子も大切に守ろう。』
これに異を唱えることは、これからの自分自身を青春の舞台から降板させる事を意味していた。
もはや男子生徒たちは、口が裂けても悪口は言えなかった。
『絶対に、〇〇さんに投票する。』
それだけが男子生徒に残された唯一の抵抗手段であった。
「では次に、〇〇さんお願いします。」
教壇の上に立った〇〇さんが話し出した。
「私は、今の委員長と同じ部活で一緒に走って、一緒に笑って、勉強は遥かに及ばなかったけれども、お互いに自分に自信を持っていたから仲良くできたし、私の根っこの所が分かっているのは、今の委員長の〇〇さんだけだと思うの。」
「今までは、必死でガツガツしてきたのだけれども、彼女がいなくなってからも頑張るのは、なんかちょっと違うかもしれないなんて思うんだけど・・・、」
「正直、二番でもいいかなって・・・。」
「でも、みんなが私のことがふさわしいと思ってくれているのであれば、クラス委員長を引き受けるよ。」
なんとなく、要領を得ない意気込みと抱負であったが、これで投票が開始された。
『絶対、〇〇さん。』
男達の言葉にならない心の声であったが、僕以外の男子生徒達が、全員一致で決断していた。
女の子の事は良く分からない、色々とそれぞれあるのだろうが、男子 21人、女子19人。
〇〇さんは、当然自分に入れるだろうから、どう転んでもこちらが負ける可能性は、間違いなく無かった。
全員がもれなく投票した箱を、委員長がガサガサと振ってから先生が票を読み始めた。
「〇〇くん、、、〇〇くん、 〇〇さん、、〇〇さん、、〇〇さん・・・」
読み上げる先生の後ろで、委員長が黒板に正の字を記していく。
僕は僕に投票した。
別になりたくはない、面倒くさいだけのポストであったが、みんなから、いや、女の子たちから求められたかった。
黒板に書かれた「正」の文字は同じ所で止まった。
!?同票?
『誰だ、裏切り者がいるのか?』
男子生徒達は、それよりも 憂慮すべき事があるのも忘れて、犯人探しをするように顔を見合わせていた。
裏切り者云々よりも、この状況で同票ということは、〇〇が女の子の信頼を勝ち得ていると言えた。
そう思っているところへ、自分たちの推している候補者から声が上がった。
「私は、〇〇君に入れたんだよ。」
「まだ頼りないけど、私が副委員長として一緒にやっていけば、きっと大丈夫だと思うの。」
「彼が委員長としてみんなを引っ張って、私がフォローするのよ。」
「私、〇〇君なら二番でもいいんだよ。」
「えーっっ!!」
何の事だか分からなくなってきたが、モヤモヤとする話に男子生徒達と、僕を推薦してくれた〇〇さんがリボンを揺らしながら声を上げた。
「・・・・・・。」
『この流れ、この子は確実に女の子たちの関心を集めている。』
『でも、それはどこまで?』
この子の事にあまり興味があるわけではなかったが、無視されるのは許せなかった。
お仕置きと教育が必要だと思った。
「はい、は〜い!、もし我こそはという人がいたら、手を挙げてもらえば、立候補として優先的に委員長にしてあげるわよ。」
先生の声に、みんなが黙って下を向いた。
現実的な問題として面倒くさいのだ。
『まぁ、今回は〇〇に嫌な役目を押し付けたということで良しとしなくては、痛い目を見るのは自分自身だった。』
パチパチと拍手が上がり、その音は渋々ではあるが男子生徒達にも広がっていった。
「じゃあ、クラス委員長は〇〇君、 副委員長は〇〇さんで決まりね。」
元委員長の〇〇さんが、僕と〇〇さんによろしくねと言いながら、教壇の上で皆に見えるように僕と握手をした。
拍手が上がる中で、僕を推薦してくれた〇〇さんだけが、つまらなそうに窓の外を見つめて唇を尖らせていた。
今日一日、〇〇さんから委員長の引き継ぎを受けた。
授業のプリントの準備、先生からの伝言の伝え方、教室の管理、クラスメイトの問題行動の有無、気に掛かることと気に掛けることなど、多岐にわたっていた。
げんなりとしていると副委員長の〇〇さんが、一緒に頑張ろうと言いながらピッタリと肩を寄せてきた。
他校にまでその名を轟かせている彼女の、意外にも乙女チックな姿とのギャップに、キュンとしてしまう。
「〇〇ちゃんは私がやってるの見て、面倒くさいって知ってたんだよね。」
「あっ、逃げたな、ってすぐ分かったよ。」
「しかも、女の子に優しくしてくれるって公言している〇〇君の、すぐ隣をゲットしちゃうんだから、本当にはしっこいよ。」
「〇〇ちゃんなんて、ぷりぷり怒ってたよ。」
「じゃあ、明日から頑張ってね。」
僕を置いてキャーキャーと話しながら去っていく、二人の後ろ姿を見送った。
ポツリと残された僕の心に一抹の寂しさが去来してきた。
僕はクラスメイトから信任されたのではなく、押し付けられただけなのかもしれない。
いや、間違いなくこれが現実なのだろう。
もう、〇〇さんとは住む地域は違ってくるが、学区が広くなる高校生になった時には、また会うこともできるだろう。
成長途中の今でも、柔らかそうな〇〇さんの胸だった。
大人になった彼女を想像して、少しズボンが膨らんでいた。
後ろから見つめる僕の視線を感じたのか、振り返った〇〇さんが小走りに胸を揺らしながら戻ってきた。
〇〇さんは僕の耳元に顔を寄せて、副委員長に聞こえないように囁いた。
「そこは素敵だけど、もう少し理性を持った方がいいわよ。」
今の状態に、はっと気づいた僕は、副委員長に見つからないように、さっと内股になって腰を引いた。
「本当に?」
「本当にクラス委員長になったの?」
「一人じゃ心細いけど、そんな副委員長がいてくれるのなら安心ね。」
「今日はお祝いに、ご馳走にしようか。」
僕が選ばれたのが嬉しかったのか、母はウキウキとしながら料理を始めた。
ベッドの上には、母が洗ってくれた綺麗なシーツが敷いてあり、洗いたての香りがしていた。
僕は自室で宿題をする。
まだ内容に追いついてはいないが、クラス委員長として宿題を忘れるわけにはいかないのだ。
明日からは取り締まる側へと立場が逆転するのだ。
頑張っている僕・・・。
いや、頑張っている『俺』は、かなり格好良いように思えた。
宿題を終えて、少し興奮したように上気している。
自分を褒め称えたい気分だった。
「お父さんも、こんなにおめでたい日には早く帰ってくればいいんだけど・・・。」
父が夜中にしか帰ってこないことは分かっているが、家族全員でお祝いをしたいと思う母の気持ちが嬉しかった。
「えっ?」
「何、このごちそう。」
「何かのパーティー!?」
妹が嬉しそうな声を上げる。
「ウフフ。 お兄ちゃんがね・・・」
もったいをつける母に、妹がひらめいたとばかりに叫んだ。
「あーっ、分かった!」
「お兄ちゃんが、おねしょしちゃったから励ます会でしょ!」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんは、おねしょのシミを見て笑っていたんだから!」
「違うわよ!」
母が制止をするが、妹の疼いていたおしゃべりモードが発動していた。
「さぁ、出向だ〜! ガハハハハ〜ッ」
手真似までして詳細に話し始めた。
「おねしょの海に、さぁ行くぞ〜!」
「〇〇やめなさい!!」
母が絶叫した。
そんなことはすっかり忘れていた。
勉強をして格好いいと思っていた自分が、何だかとても恥ずかしかった。
すっかり自信をなくした『僕』が、ソファでいじけていた。
「今日は、お兄ちゃんがクラスの女の子に推薦されて、クラス委員長になったのよ。」
「ついに、お兄ちゃんにもチャンスが回ってきたのよ。」
「彼女ができたら、すぐにお母さんに紹介するのよ。」
「ふ〜ん。」
妹はまるで興味がないようであった。
夕食の時に妹は普通であったが、母は上機嫌で僕を持ち上げてくれる。
美味しい食事をして、存分に持ち上げられて、その日の僕はよく喋った。
「うん、うん。 それで、すごいのね。」
話をしているだけで気持ちが上がってくる。
実の母だが、父がこの人を選んだ気持ちがなんとなく分かった。
僕は、今朝と同じようなぽやんとした気持ちで自室に戻って明日の準備をすると、満腹感とお日様の香りのするふわふわの布団のせいか、白目を剥くように眠りの中に吸い込まれていった。
つづく
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