第28話 エデンの恋人 ③
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「おぉ、勇者よ! よくぞ戻られた!」
いつもの国王がいつものセリフで、僕を迎えてくれていた。
「そなたの活躍のおかげで、メルキドンにも人が戻りつつある。」
「我が国唯一にして最大の交易都市が開けば、メルキドンもこの廃れきってしまった王城の町も、全て村がかつての賑わいを取り戻していくことになるであろう。」
「よもや、そなたがゴーレムを倒すことができるなどとは、夢にも思ってはいなかった話だ。」
「お陰でわしは、大臣にすっかり大金を巻き上げられてしまったぞ。」
「ガ〜ッハハハハ〜ッ!」
この国王は行けと言いながらも、負ける方に賭けていたようだった。
横に控えている少しリアルな大臣は、僕のお陰で賭けに勝ったことなどはおくびにも出さずに、実直に僕の方を見つめていた。
「さて、そなたは森の中で泉に囲まれた町を見たことがあるか?」
「かつて清閑な町 として、この国における貴族や財界人などが住んでおったが、今では凶悪な鬼が魔物となって根城にしている。」
「町が崖で囲われていることもあり、町への入り口は海辺から山に続く道だけなのだ。」
「そこを封鎖してしまえば鬼は街の外へは出て来れないが、反対に封鎖されてしまえば、こちらから町を攻めに行くこともできなくなってしまう。」
「あの町を鬼達の拠点にされてしまってはどうにもまずい。」
「よって、そなたは海辺の道から山を登り、鬼の情念を打ちはらしてくるのだ!」
「 わしはいつでも、そなたの勝利を信じて疑ったことすらないぞ。」
「 さあ、行け!勇者よ!」
国王の言う通り、城下町のテントは木造の小屋に変わり、町らしい体裁を整えだしていた。
女性のいなかった街の中に女性の姿が戻り始めていた。
皆どこかで見たことがあるような、自分と同じような年齢の女の子たちに見えた。
女神の里も、穏やかながら観光客っぽい人々の姿が見られた。
岩の間に挟まるように営業をしていた萬屋は、相変わらずそんなスタイルでひっそりと営業をしていたが、商品の品数が明らかに増えていた。
人それぞれの営業スタイルがあるのだろうが、場所も悪いし、商品スペース的にも無理がありそうな気がした。
祠の中には復活した女神を参拝するために、多くの観光客が訪れていた。
祠の中心にいる女神を囲むように存在する泉の外側には、司祭の格好をした神父が小屋を建てて、参拝者の整理をしている。
しかし、店の一番目立つ場所には、魔除けの骨や女神を型どった人形、おもちゃの刀、特製の焼き菓子などが並び、コスプレ神父の商魂を感じさせた。
一番儲かるはずの参拝料を取らないのは、女神からの出禁を恐れた神父の我慢であるのであろう。
僕が入ってきたことに気づくと女神は神父に目で合図を送った。
神父を含めて全ての参拝客が外に出された。
参拝客のいなくなった空洞の祠の中は、吸音材のなくなった室内のように、声が響いていた。
「勇者よ。よく無事で戻りました。」
「羽根を手に入れていないそなたには、もう二度と会えなものと覚悟していたのですが、そなたは鬼となった怪鳥の心の情念さえも消し去ることができたようです。」
僕は服をまくり上げて、腹の傷の中から純白の羽を取り出し、女神に差し出そうとした。
「それは、そなたが持っていなさい。」
「もう使うことはないかもしれませんが、まだこの先の冒険でも使うべき時が来るかもしれません。」
「この世界も、そなたの活躍のお陰で鬼たちは、ほぼ浄化されてきました。」
「そなたは数体と思っているかもしれませんが、その鬼と同じような情念を持っている者たちも一緒に浄化されているのです。」
「町に女性の姿が戻っていることには、そなたも気づいていると思います。」
「その一人一人が鬼に心をとらわれ、 一番強い鬼の形に集まって実体化しているのです。」
「時間が経てば経つほどにその力は強大になり、情念が大きければそれだけ強い瘴気を放ち、より多くの者をこの地に引き寄せてしまいます。」
「勇者よ。そなたは自分の行いにもっと自信を持って良いのですよ。」
「ただし、奢り高ぶったりしてはいけない。決しておごらない。決して高ぶらないことです。」
「もはやそなたにも、鬼の情念の力がその身体に紛れ込んでいるのです。」
「鬼に呑まれることだけはないように、自分を律して生きていくのです。」
「今後もずっと、これだけは覚えておきなさい。」
「森と草原が混じり合う海辺に、街への通り道があります。」
「必ず鬼を打ち倒し、用意を整えた後で、再び私に会いに来なさい。」
「さぁ、勇者よ!行きなさい。」
先程から落下する事を心待ちにするかのように、そそり立った水の壁が天井付近で揺れながら僕らを取り囲んでいる。
何度見ても、この高さから落ちてくる水の量は恐怖しか感じられない。
大量の水は硬い岩のように立っている僕を殴りつけ、女神の足元に強制的にひれ伏させてもまだ足りないと言わんばかりの勢いで、僕を地面にめり込ませながら僕の意識を刈り取って行った。
目覚めると、最初に意識をなくして転がっていた草原に再び僕は転がっていた。
岩山の上に城塞都市と呼ばれる僕の住む町が、雲から逆さまに飛び出すようにして存在している。
メルキドンの方向には、変色してどろりとした沼地も見える。
そして、南に進んだところに森がある。
目指すは西南の方向。
草原と森が混じり合うあたりだ。
草原の向こうに、空の下にへばりつくように丸い水平線も見える。
水平線は見えるが果てしない距離であった。
怪鳥が・・・と思ったが、都合よく怪鳥が現れるはずもなく、現れたら再び死ぬ危険も孕んでいた。
僕は意を決して歩き始めた。
沼と反対側にある草原と森が接する場所。
そこの海岸に道があるかどうかは、遠すぎて目視することはできないが、国王と女神の言葉を信じて進むしかなかった。
太陽の光が直射日光として僕を焼いていた。
暑さで学生服を着ていられなかった。
僕は脱いだ学生服を傘のようにかぶりながら、直射日光を避けている。
草原といえども、ぬかるんでいるところもあれば 小川の流れている場所もあり、色々な昆虫や 野生動物たちが僕に対して、何の警戒心も持たずに歩き回っていた。
〇〇さんの言っていた通り、確かにこの世界では、お腹も空かないし肉や魚料理が出てくるお店も見たことがなかった。
植物は分からなかったが、不思議な虫や見たこともない動物を見ていると、それだけでどんどん歩き続ける事ができた。
ようやくたどり着いた海は水色に輝き、深くなるにつれて濃い色に変わっていく。
草原の方には白い砂浜がどこまでも続き、森に行くにしたがって岩場がそそりたち、海の生物の楽園へと変化していった。
岩場の一角から細く長く伸びる道は、両側が岩に囲まれた 断崖になっており、まるで天空へ続く竜の背のように細く長く、曲がりながら森の奥へと続いていた。
これほど長い道路が草原から確認できなかったのは、樹齢が千年を超えるであろう巨木や大木がひしめき、鬱蒼とした木々が山を形成しているために、これを覆い隠していたのであろう。
近づけばその幹の大きさが分かるが、遠ければ森しか見えない。
そういうものなのかもしれない。
僕は山を登るように1歩ずつ細く長く続く坂道に歩を進める。
一頭引きの馬車なら通れる程度の道なので、幅はあった。
かつて住んでいたという財界人達は、ここを馬車で通っていたのであろうか。
他に歩く道もなく、この道だけが守るべき道であったので、敵の侵入を阻むのも容易だったのかもしれない。
各所に物見櫓のような建物が高くそびえており、町の防犯対策は万全だったのであろう。
だが今は、どの塔もシーンと静まり返っており、そのおかげで僕は侵入することができていた。
心臓破りの坂。
マラソンの実況で聞いたことのある言葉であったが、まさにこの坂が僕の心臓に負荷を与えていた。
『膝が痛い。』
ひたすら続く緩やかな上り坂の周囲には何もなく、ただ岩場から離れた場所に木立が林立し、僕の視界を遮るように変化のない針葉樹の葉を見せ続けていた。
時折、開けるまっすぐの道の上空に見える雲だけが、変化を見せる動きであった。
あまりにも暇すぎて、腹に空いた異次元のポケットに手を突っ込んで、先日〇〇さんが投げ捨てたおもちゃを取り出してみる。
聖剣よりも立派な張り型が、グロテスクな牙をむき出しにしていた。
スイッチを入れると、その切っ先が意識をしない方向へと蛇のように、のたうち廻り、回転した。
僕の聖剣にはない全体についたイボの一つ一つが、それぞれに意思を持ち、突き上げるように生物的におぞけるような動きを見せていた。
だが、これが女性を快楽に導くためには最良の動きであるのだろう。
僕はズボンを緩めて腰に下げた聖剣と見比べて見たが、平常時の今は聖剣はほんの少しの切っ先を見せるだけで、ほぼまんべんなく厚い鎧に覆われており、とてもこの強力なマグナムに叶うとも思えなかった。
つづく
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