第22話 爽やかな君の潮味 ③


「はい。そこでクラス委員長がいなくなってしまうので、新しいクラス委員長が必要になってきます。」

「 誰か立候補したい人はいますか?」

そんな面倒くさい事を、自ら率先してやるような物好きがいるわけもなく、教室の中は誰もいないかのように静まり返り、皆んな一様に黙り込んで、机のシミを見つめていた。


「それじゃあ、この人ならと推薦できる人はいますか?」

教室は、にわかに息を吹き返して、木立の葉のようにザワザワと音を立て始めた。

「〇〇君が、〇〇さんが・・・」

面倒事を押し付け合う為に囁き合う。


「〇〇さんがいいと思います。」

クラスメートの一人が立ち上がった。

「〇〇さんはバスケ部のキャプテンだし、みんなを取り纏めるには適任だと思います。」

教室中にいる誰もがそう思い始めた時に、僕の前の席の〇〇さんが可愛らしい触覚のリボンを揺らしながら立ち上がった。


「〇〇君がいいと思います。」

にわかに立ち上がった〇〇さんの言葉に、教室中が更にざわめいた。

先ほど推薦されていた、バスケ部のキャプテンの〇〇さんが机に肘をつきながら、僕の方を見つめていた。


「えっ?!、 なんで〇〇なの??」

教室中でそんな言葉を囁かれている中で、いつも控えめな〇〇さんも同調する。

「〇〇君は、みんなの良いところも、たくさん見てくれているので、私も〇〇君がいいと思います。」

意外なダークホースが、勢力を伸ばし始めていた。


『何、こいつ?」

バスケ部のキャプテンのプライドが、この貧弱な男を許さなかった。

先生も〇〇さんで決まりだと思っていただけに少し動揺している。

予鈴もなり9時になった。

授業が始まるチャイムが鳴っていた。

「それじゃあ、〇〇さんと〇〇君のどちらをクラス委員長にするかについては、明日のホームルームで決めることにしましょう。」

廊下に控えている数学の先生に遠慮するように、担任の先生が教室を出て行った。

数学の授業中は、ずっと彼女の視線が僕に当たっていた。


『何こいつ、何なの?!」

バスケ部は、持ち前の運動神経と反射力、恵まれた体型から来るパワーで、3年生が抜けると同時にキャプテンに上り詰めた。

悪い噂はないが、彼女の名前は他校にまで知れ渡っている。

女でなければ、このあたりの地区の中学校は全て、彼女の手中に落ちているとも噂されている。


『そんな私の前に現れた、勉強もスポーツも出来ない。』

『はっきり言って底辺のモブが、私の前に立ちはだかっているのだ。』

『この力だけが私の全てなのだ。』

別になりたいわけではないが、負ける訳にはいかなかった。



『勝つ、勝つ、勝つ、勝つ、勝つ、勝つ、勝つ・・・!』

執着が生み出した彼女の筋肉と同じように、勝利への執着も人一倍であった。

授業中は、廊下側の後方の席に座っている彼女からの視線が、プレッシャーとなって耳の斜め後ろ側に常にあった。

何やら恐ろしい程の、静かな緊張感がある。

窓寄り前方の僕の席が、彼女の席から離れていることだけが、唯一の救いであった。

帰りのホームルームが終わると、僕は逃げるように教室を後にした。

バスケ部の練習のために、体育館に向かった彼女からのプレッシャーから、ようやく離れることが出来た。

それでも、恐怖のあまり早く帰ろうとする僕の後ろを、委員長の〇〇さんが追いかけて来た。


「〇〇君、頑張ってね。私もなんとなく〇〇君がいいように思うの。」

「 なんでかは、 全くわかんないけど・・・。」

「 なんとなく、君には助けられたような気がするのよ。」

「私、明日までだけど、あなたに1票入れるわね。」

「 明日は、トゲを作ってきちゃだめだからね。じゃあね。」

彼女は明るく僕の肩を叩きながら、もと来た校舎へと道を引き返していく。

彼女は、それを言うためだけに、わざわざ追いかけて来てくれたのであろうか。

なりたくはないクラス委員長のポストが、なんとなくやり甲斐があるもののように思えてきた。



「えっ! 何?」

「 女の子から推薦されたの??」

母が僕の意外な人気に、驚きを隠せずに食いついてきた。

「何?、可愛い子なの?」

「 彼女になってくれそうだったりするの?」

「あなたはどう思ってるの?」

矢継ぎ早の質問の嵐だった。


僕は自信満々に母親にクラスメート達を紹介する。

「推薦してくれた〇〇さんは、小さくて可愛いよ。〇〇さんは自信があって素敵だし、 〇〇さんは、僕を元気づけてくれるんだ。」

「〇〇さんは女優さんみたいだし、隣の席の〇〇さんは美人で、うん、・・・ごにょごにょ、 ・・・が見えるんだよ。

「僕は、クラスの女の子がみんな大好きなんだよ。」


息子の広範囲に渡る女性の好みと、鼻の下を伸ばした顔と、想像しているのかむくむくと動いている下半身を見て、改めて息子のだらしなさと優柔不断ぶりを確認させられているようであった。


『二兎追う者は・・・』

母親の脳裏には、そんなことわざが思い出されていた。

「まぁ、頑張りなさいよ。」

「誰か一人ぐらいは彼女になってくれるとといいわね。」


下手な鉄砲、数打ちゃ当たる。

撒かぬ芽は出ないのだ。


がんばれ・・・!

祈りにも似た母の真心であった。


「私がクラス委員長となった暁には・・・」

何も思い浮かばない公約の最初の部分を何度も呟いているうちに、眠気が襲ってきた・・・。



〜〜〜〜

『私がクラス委員長になった暁には、クラス内の交流を深めるために、体育の着替えは同じ教室で行い、プールの更衣室は廃止して、この教室で同時に着替え、裸の付き合いを通しての心身の成長を共有する、日本古来の裸のお付き合いによる一体感を、クラス全体で共有していきたいと考えます。』




つづく

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