第21話 爽やかな君の潮味 ②




そんな浮かれている僕に、クラス委員長の〇〇さんが歩み寄ってきて、僕のとんがりをギューッと掴んだ。


「校則違反!!」

髪を掴んでグリグリと動かす。

委員長の手の中で、必死で言い訳をする僕の寝癖でついたはずもない、ユニコーンの角が折れて、下向きの矢印になった。

「ホームルームが始まるまでに、水道で落としてきなさい。」

ピシャリと言われる僕を、男子生徒が『いい気味だ。』と言わんばかりに、ニヤニヤとしながら見つめていた。


後ろからせっつかれて、廊下の水道へと歩かされていく。

予鈴が鳴り、廊下で話をしたりしていた生徒達が、教室に吸い込まれるように入って行く。

「早く!先生が来ちゃうから。」

委員長の有無を言わせぬ言葉に、水道の蛇口を渋々ひねると、流しの中に頭を突っ込んだ。

冷たい水が、僕をヒーローから一般人へと変化させていく。


「もっとこっちまで洗って!」

委員長が僕の頭を流しの奥へとぐっと押し込んで、後頭部も洗わせる。

冷たい水が制服の中に入って首を縮こませる僕は、もう完全に元通りのモブで、底辺にいる一般生徒に戻っていた。


「はいっ。」

委員長の差し出してくれたタオルは、朝練を終えた女の子の体臭を吸い込んだ、彼女の使用済みの香りがした。

僕は頭を拭きながら、彼女の身体の隅々までも知り尽くしているであろう、そのタオルの端をこっそりと顔に当てて、その香りとタオル地の持つ柔らかな質感に彼女の素肌を重ねて想像していた。


「ありがとう・・・。」

そう言いながら、名残惜しく彼女にタオルを渡す僕の下半身は、気づかない間にズボンを押し上げていた。

チラリと見た彼女の視線で、僕は自分の状態に気がついたが、いつものリュックを教室に置いてきていたので隠しようがなく、僕は何事もないふりをしながら、うちまたでもじもじとしていた。

彼女はそこにはもう視線を向けなかったが、僕の耳元に顔を近づけて囁く。


「オ・ン・ナ、の匂いがした?」

完全に弄ばれ、僕は顔を真っ赤にしてサッと両手で股間を隠した。

「さぁ、教室に戻るわよ。」

ちゃきちゃきと指示を出す彼女は、どこか満足そうであり、少し垂れ目気味に見える彼女の表情は、優しく微笑んでいるようにも見えた。


先生が教室に入ってきた。

まだ新任の先生であったが、数ヶ月が経って、心の表情が穏やかになっているように思える。

他のクラスからも羨ましいと噂される程の人気がある。

小動物のように愛らしい先生だった。

教壇に立ち先生が出席を取る。


全員の出席を確認した先生が、委員長を教壇に呼んだ。

「突然なんですけども、〇〇さんがご両親のお仕事の関係で、転校することになりました。」


「〇〇さんからみんなに、何かあれば一言をみんなに伝えて欲しいの。」

先生は、〇〇さんにみんなへの言葉を求めた。

僕であれば突然みんなの前でそんなことを言われても、モジモジするだけであろう。

驚いたことに、彼女は当たり前のように皆の前で話し始めた。

まるで先生が2人いるのではないかと思える程に、堂々とした話ぶりであった。



「みんなには黙っていましたが、私はこの鼻にコンプレックスを持っていました。」

〇〇さんの突然の告白に、教室中がざわめいた。

クラスメート達が一斉に彼女の顔の中心を凝視した。


「少し低いでしょう。」

クラスメイト全員が、言われて初めてその事に気がついたようであった。

言われてみれば確かに少し低いのかもしれないが、その程度の誤差であった。

「私は転校するこの機会に、鼻を高く整形しようと思っていたんだけど・・・」

教室のざわつきがさらに大きくなり、先生が慌てて静止しようと試みたが、ざわめきを抑える事はできなかった。

しかし、彼女が次の言葉を発する直前に、ざわめきは静寂へと変わった。


「昨日まではね。 昨日ある夢を見たの。」

「 男の子が私の鼻を見つめてこう言うの。」

「 気にしなければいいんじゃない?って、 私、怒ってその男の子をボコボコにしたんだけど、男の子は我慢強く耐えて私に鏡を見せてきたの。」


「これが君の顔だって。 何の変化もなく、普通に私の顔だったわ。」

「 でも、それを見てなんだかバカバカしくなってきたの。」

「 私が一人で鼻が低いと思って、私一人で傷ついていただけじゃないのかなって。」

「人目を気にして自信がなくなってしまうなら整形すればいいけど、私はこんなの気にしなくてもいいぐらい自分に自信を持っているんだと気づいたら、本当に今まで何を悩んでいたのかなって、・・・」

「だから、私は私のままで生きていくつもり。」

「みんなも多分、自分の中でいろんなコンプレックスを持っていると思うけど、多分別に大したことじゃないと思うわよ。」

「私から見て、みんなそれぞれに素敵だから。」


「それぞれ、自信を持って二度と戻らない大人と子供の真ん中の、中学生の青春を楽しんでいきましょうね。」

「それと、高校に入ったら多分ここにいる何人かとは、一緒の学校に行くと思うから、また一緒に大人の高校生活を楽しみましょうね。」


「あと、その夢の中でその男の子が何か欲しがっていたんだけど、 私、その男の子をフワフワの羽に包んで独り占めしたいぐらいに思って、そのくらい格好良かったから、何かをそこに置いてきたような気がするんだけど・・・。」

「まぁ、夢だからどうでもいいんだけどね。」


夢の中の出来事で自分を変えた、〇〇さんが、まだ髪の毛が少し濡れている僕の方をチラリと見て笑っているように思えた。

彼女の白い歯を見た時に、先ほどのタオルの移り香が、僕の頬の一部から流れて来るような気がした。

僕は再び股間を熱くしながら、その先っちょをつまんでいた。



つづく

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