第20話 爽やかな君の潮味 ①

焦燥した顔つきで娘がリビングに入ってきた。

いつものお茶目な感じがまるでしなかった。

「お母さん。私、見ちゃった。お兄ちゃんのシャセー・・・。」

娘が何を言っているかはピンとこなかったが、息子が娘に何かをして精子を出したのだろう。

これは母親として黙っているわけにはいかなかった。

廊下を走って兄の部屋のドアを開けた。

若い男の寝起きの汗と、あの匂いがこもっていた。

母親が入ってくるとは思いもしなかった僕は、前の冷たくなったパンツを慌てて引き上げて、 何もなかった風を装った。


「あなた、〇〇に何かした?? 」

母親が何を言っているのか全く分からなかった。

「今起きたんだけど・・・。」

寝ながら泣いていたのか、息子の顔は、涙と鼻水とよだれで情けないほどに汚かった。

脱ごうとしていたパンツもシャツも、汗でびちょびちょだった。


『射精ではなく夢精だ。』

娘は 兄の部屋を覗いて、この青臭い匂いを嗅いだのだ。

全ては娘の勉強不足から起きた。


「そうなの・・・。汗の匂いがすごいから、シャワーを浴びてくるといいわよ。」

「 昨日あげたやつも使ってみなさいよ。」

しどろもどろになりながらも、何とかごまかして彼の部屋のドアを閉めた。

リビングに戻り娘の話を聞いて、娘の勉強不足を確認した。


「いい、お兄ちゃんには絶対に喋っちゃだめよ。」

「デリケートな話だから、友達にも絶対に話してはだめよ。」

「お兄ちゃんが来たら、いつも通り振る舞うよ。」


母のネゴシエーションのことなど知りもしないで、さっぱりと身体の汗を流す。

母のくれた紙袋から、おしゃれな男の必需品であるワックスを取り出し初めて使ってみる。

どんな感じがおしゃれなのかさっぱり分からなかったが、カッコよく頭にシャンプーで作るようなトゲを作ってみた。

『イカス!のかもしれない。』

カッコよくなった自分をアピールする為に、リビングのドアを開けて、母と妹に身体をひねってくるりと回転して見せた。


『お兄ちゃん かっこいい〜♡』

そんな言葉を期待していたが、なんだかよそよそしい。

ちょっと奇抜すぎて引かれたのかもしれない。

「まぁ、いいわね。」

なんとなく、母もぎこちない。


「 なんだよ、カッコいいだろう?」

「こいつで、お前のこと刺しちゃうぞ〜。」

妹にとんがり頭を近づけていくと、妹は「バカッ!」と言いながら出て行ってしまった。

なにか妹は機嫌が悪い。


もしかしたら、生理が始まったのかもしれないな。

少し前に精通を果たしたばかりであったが、妹の成長が微笑ましく思える大人になった兄心だった。



教室に入ると、想像以上の食いつきであった。

隣の席の〇〇さんが最初に気づいて話しかけてくれた。

それを聞いていた〇〇さんも、本を閉じて僕らの話に加わる。

いつも近づいてきてもくれない〇〇さんも、僕に「素敵だよ」とお世辞を言ってくれる。

そして何より喜んでくれてたのは、前に座っている〇〇さんだった。

触覚のリボンを揺らしながら、顔を僕に近づけて、ツンと尖らせた僕の髪の毛を触ったりしてくれる。

僕のハーレムぶりを、遠目に見ているクラスメイトの男子も、ざわざわと皮肉など言っている。

そんな、ウジウジとしているクラスメイトに、〇〇さんが僕を持ち上げつつも、男子生徒を鼓舞するように釘を刺した。


「〇〇みたいに努力をしろよ〜!女がみんな〇〇に取られちゃうかもしれないぞ〜!」

一軍女子の言葉に、一瞬にして男たちの目の色が変わった。

今、女の子をめぐる、男たちの争奪戦の火蓋が切って落とされたのであった。




つづく

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