第17話 見えないからこそ ②
「おぉ、勇者よ。よくぞ戻られた!」
「この冒険に向けて聖剣を磨き上げて参るとは、誠に立派な心がけであるぞ!」
「先日、そなたが持ち帰った真実の鏡は、今そなたが手につかんでいる。」
「本当に頼もしい勇者である。」
「あ〜、 言わずとも分かっておる。」
「 女神様をお救いし、城塞都市を通りあの恐ろしいゴーレムに閉じ込められた、我が国の交易都市に行くつもりなのであろう。」
長々と話をする国王に真実の鏡を向けてみると、ただ少しリアルな感じのおじいちゃんが、ひげの中でもごもごと口を動かしているだけであった。
国王の隣に控えている大臣の映しだされた姿は、劇画のようにリアルで、少し堀の深い恐ろしい顔の人物であった。
真実の姿を見てしまった僕は、何となく一生懸命に国王と大臣の言うことを聞いてしまった。
僕も人の顔色を見て態度を変えられる、立派な大人に一歩づつ近づいている気がした。
早速、草原を抜けて女神の里へ向かい、祠の中にいる女神へと鏡を向けた。
鏡からキラキラとした鱗粉が溢れ出し、女神に向かって空中を舞いながら流れていく。
女神の周りにキラキラと柔らかい金粉が集まり、女神が黄金に輝きを出す。
祭壇の周りに満ち溢れてくる泉も、天井までくり抜かれた祠も、明かり取りのステンドグラスまでもが全て、女神の復活を祝うかのごとく黄金の輝きに包まれていった。
黄金の光は更に増し、輝く白へとその色を変えながら発光し、僕の視力を眩しさで奪っていく。
僕は眩しさに目を閉じながらも、ぎゅっと手に持った真実の鏡を女神に向け続けていた。
明るさが落ち着いて、目を細めた僕の瞳にも焦点が戻っていく。
ようやくぼんやりとした女神の姿が目に入った。
初めて肉眼に捉えた女神の姿は、全ての人間が敬愛し、ひれ伏すに足る威厳があった。
この世のものとは思えぬ美貌を持ち、信頼される自信が満ち溢れた表情。
全てが完璧に思えた。
僕は、実際にここに存在する女神の、さえずる小鳥の歌声にも似た軽やかな声を聞いた。
「良くぞ我が力を取り戻してくれた。」
「もはやそなたには、感謝の言葉すら見あたらぬほどだ。」
「約束通り、この場でそなたを快楽に導いても良いのだが、そのためには、鬼の情念を抑える為の力を解かなければならない。」
「さすれば、この世界のみならず、城塞都市を越えてあちらの世界までも、鬼の情念が瘴気となって大気を覆い、さらなる魔物が出現してしまう。」
「よって、今はまだその時にはあらず。」
「竜王を打ち倒し、この世界に我が力が不要となった時にこそ、そなたの思うがままに我が身を蹂躙し、そなたの望むがままに我が身体を弄ぶがよい。」
「そなたが神となり、この世に君臨することも、そなたの思いのままだ。」
「だが、まだその時にはあらず。」
「そなたが竜王を打ち倒すまで、我はまだこの地での祈りから離れるわけにはゆかぬ。」
「勇者よ! 腐敗した都市を越えてメルキドンの町を目指すのだ。」
「変怪の鳥獣を倒し、その羽根を手に入れるのだ。」
「これよりそなたを、お前の住んでいる町の向こう側にある草原へと送る。」
「その地には鳥獣を交ぜた生命体が存在する。」
「必ず今日、明日中に探し出し、そやつの羽根を手に入れるのだ。」
「刻限は限られている。打ち倒さずとも良い、必ずそやつの羽根を手中に納めるのだ。」
僕に指示を与えながらも、女神が念を込める。
女神の廻りに張り巡らされた水路の水がざわめき、女神の立つ祭壇を中心に渦巻き、激流が勢いを増しながら立ち登った。
僕の視界のすべてが、丸く青い水壁の内側にあった。
水壁が祠の天井の高さまで全てを覆い尽くした。
激しく波打つ水の奔流が静止した時、その水が僕に向かって四方から猛烈な勢いで落ちてきた。
四方から滝に打たれた衝撃に、僕は女神の前で地べたにひれ伏し、地面にのめり込んで行った。
意識を取り戻すと、僕は草原の中でうつ伏せになって倒れていた。
岩山がそびえ立つ上部の雲上には、果てしないコンクリートの都市が、逆さまに広がっていた。
間違いなく、〇〇さんのいた岩山の反対側に立っていることが、この岩山と城塞都市で確認できた。
僕は自分の位置を目視で確認する。
僕は今、草原に立っている。
南には森が広がり、東には城塞都市に通じる岩山があるが、そこに登る通路はない。
東南の方面には、岩山沿いに、怪しい色をした沼地が続いている。
北と西は海だった。
進むべき道は、森か沼しかなかった。
変色した沼はなんとなく、気後れした。
僕は森の方向へ向かい、草原を歩き出した。
『今日、明日中に鳥獣の羽を手に入れよ。』
女神のお言葉ではあるが、この草原には何もなかった。
たまに、可愛らしいうさぎが、何の警戒心もなく僕の前を横切っていくだけだった。
日差しを遮るものはなかったが、ポカポカとした気持ちのいい陽気だった。
森までは一向に着きそうもない。
急いではいたが、目的もなく歩くのにも飽きてきた。
僕は岩場に腰を下ろし、流れていく雲を見つめながら、眠りの中で眠りに落ちていった。
ピチュピチュと鳥のさえずりが聞こえてきた。
僕はハッとしたが、ゆっくりと目を薄く開いた。
なんと僕の目の前に、小鳥が地面から何かを忙しそうについばんでいる。
僕はゆっくりと音を立てないように制服を脱いだ。
鳥にそっと近づいた僕は、その鳥に向けて制服をバサッとかぶせた。
バタバタと制服の中で暴れる鳥を、制服でくるんでベルトで結んで袋状にした。
鳥はその中で、バサバサと暴れながら、ギャーギャーと鳴いていた。
倒す必要すらなく鳥の羽が手に入った。
僕は持って帰ろうとしていたが、帰り方が分からなかった。
暫くうろうろとしていると、この鳥の巣であろうか、卵が巣の中に入っていた。
せっかくなので、ワイシャツを脱いで卵をくるんで持ち帰ることにした。
腕の部分を持ち手にした、我ながらなかなかの出来栄えであった。
卵を盗まれることを察したのか、学生服の中の親鳥がギャーギャーと悲鳴のような大きな鳴き声をあげていた。
「無駄、無駄〜〜うりぃぃぃ〜。」
僕は独り言を言いながら、鳥の入った制服を揺すって鳥を黙らせていると、突然空が暗くなった。
バサバサと羽音が僕の頭上で巻き起こった。
上を見上げると、巨大な鳥が僕に尖った爪の生えた足を向けて、今まさに僕を捉えようとしていた。
僕は間一髪でそれをよけることができたが、ベルトを外し緩めたズボンが、僕の足に絡まる。
僕はズボンに絡まりもつれ倒れた。
獲物を捉え損ね上空へ舞い上がった怪鳥が、再び襲いかかってくる前に、僕はズボンを脱ぎ捨てた。
パンツを履いているとは言え、怪鳥から見れば、僕は草原に転がる肉と同じだった。
舌触りの悪い体毛すらもまだ生えきっていなかった。
まさに、極上の肉だった。
つづく
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