第18話 見えないからこそ ③
僕は 遮蔽物のない草原を、はるか彼方の森に向かって走り出した。
しかし、空を飛ぶ怪鳥に叶うはずもなかっ た。
上空から狙いを定めた怪鳥が、急降下をして僕のパンツを両足の爪で捉えていた。
薄く頼りないパンツを支点に、僕は上空へ舞い上がっていった。
爪は僕に刺さってはいなかったが、このパンツが裂けたら僕は間違いなく、死ぬことが出来るであろう。
学校の屋上よりも高い。
・・・怖い。
頭が下に傾けば、間違いなくパンツから足が脱げてしまうだろう。
僕は必死で怪鳥の足にしがみついた。
パンツがひも状になって、僕のお尻に食い込んでいた。
これが千切れれば死ぬのだ。
聖剣の根元の更に奥にある肛門の手前から、聖剣が無理やり押し出されていくような妙な気分だった。
痛みの奥に、わずかではあるが快感が芽生えているような気がするが、それどころではなかった。
僕は怪鳥に捕まりながら、何とか助かる道を探すべく地上を見回した。
先ほどまで居た草原は、はるかに眼下に小さく広がっている。
森だ、水平線の彼方まで森が幌がっていた。
森の中に湖があり、その中に町があった。
沼地は紫色に変色し、明らかに毒々しい色をしていたが、沼地の向こうに王城よりも大きい町が見えた。
岩山の上にはやはり水湖が広がり、その向こうに王城がひっそりと立っていた。
この国の全容は見えたものの、僕が助かる道はなさそうであった。
もはやこの怪鳥に全てを委ね、食される場所へと連れて行ってもらうほかなかった。
遥か上空を、一羽ばたきで草原を越え、森の中に入った。
森の中の更に奥で、湖にかかった町を見下ろすように飛び去り、僕は今この森の中にある草原と岩場でできた怪鳥の巣穴へと連れて行かれる。
怪鳥が滑空しながら降り立とうとしていた。
ものすごい勢いで木立と地面が近づいてくる。
小枝の1本でも当たれば、むき出しの僕の肌は破れてしまうだろう。
小枝でなければ死だ。
僕は必死で怪鳥の足をよじ登っていく。
足先の爪に掴まれているパンツが僕の動きに合わせて脱げていくが、そんなことにかまってはいられなかった。
怪鳥の意外にふんわりとした太ももから、さらに上を目指す。
怪鳥の正面の部分は、猫のお腹よりも柔らかく、ふわふわの羽毛が僕を包み込んでくれる。
地面が近づいていた。
僕は恐怖のあまり怪鳥のふんわりした羽毛の中に顔を埋め、現実から目を背けた。
!!?
『鳥に乳房があるのか?』
死の恐怖を前にして混乱しているのか、僕はこの怪鳥に女性の魅力を感じ始めていた。
バサバサと羽が音を立てて怪鳥が地面に降り立ち、僕を突き飛ばした。
「お前は何のために鳥を捉え、卵を盗むのだ。」
「 腹が減っているのか!」
「この世界で本当に肉が食べたいのか!」
「 貴様の腹に手を当てて考えてみろ!」
怪鳥は人語で怒鳴りつけ、腕の先についた鉤爪が僕の腹を切り裂いていた。
血液が吹き出し、内臓が飛び出す程の勢いであったはずだが、えぐれた腹の中から現れたのは 僕のおもちゃと、本棚に隠した欲望のスクラップ。
友達との写真とこっそりと買ったあの子の写真、持っているはずのないあの子のスポーツブラやリボン。
この世界で剥ぎ取った、〇〇さんの緑の服、気持ちの良かった〇〇さんのスライム状の粘液、真実の鏡と妹のシャンプー。
女神の衣まで腹の中から次々と溢れてきた。
そして最後に僕の腹の中からフィルム画像が溢れ出し、怪鳥の廻りを回り出した。
!!
見れば見るほどに恥ずかしい、僕の心が強く記憶している項目だと判る。
画像の一つ一つに見覚えと思い入れがあった。
ちらりとめくれたスカートから見えたパンツ。
うっかり覗いた女の子の着替え。
落ちていたパンツ。
トイレに入っていくあの子。 周りを気にしながらこっそり開いた、コンビニのエロ本。
友人に借りた エロアニメの繰り返し見た画面。
幼い頃に隣の女の子と一緒に入ったビニールプール。
妹のパンツ・・・。
この世界で、〇〇さんと〇〇さんと〇〇さんと過ごした、淫らで官能的な世界。
誰にも言えないような恥ずかしい場面が、画像として現れ、彼女は全てを一瞥していく。
切り裂かれた腹は痛みがないばかりか、すでに元の状態に戻っていた。
このような記憶を俯瞰されることは恥ずかしさを覚える。
怪鳥の口元に現れている、歪んだ嘲笑するような口元が、僕に被虐的な興奮を与えていく。
「これは・・・何だ?」
僕は顔を赤らめながら怪鳥に尋ねた。
「これはお前の大切にしているものだ。お前が求め、手に入れた喜びを記録したデータ。」
「ふふっ、〇〇君、そのものだよ。」
「私の羽根が欲しかったんだね。でもこれはあげられない。」
「この羽根は私の一部。どうしても欲しいなら、私の心を満足させて欲しい。」
「この子達と同じように、この悲しい心を救って欲しい。」
そう言いながら彼女は、怪鳥のマスクを外していく。
なんとなく思った通り、そこには頭が良く、正義感が強く、しっかり者で、みんなに信頼されているクラス委員長の姿があった。
「やっぱり、〇〇さんだったのか!」
「君は何が不満なんだ。」
「勉強もスポーツもできて、人気もあって、クラス中の皆なが君のことを信頼しているじゃないか!」
「 この顔を見て本当にそんなことが言えるの?」
彼女が僕の瞳を直視してくる。
?
彼女が何を言っているのか分からなかった。
取り立てて美人というわけではないが、不細工でもない。
ショートカットの黒髪が似合っている。
「何が?」
困惑する僕に彼女は自分の鼻を指さす。
「この鼻を見て何とも思わないの?」
少し低いかもしれないが、それも彼女の魅力の一つだった。
「何を言っているのか分からない。それを含めてが君の魅力じゃないか。」
彼女が怪鳥の怪力で僕に襲いかかってきた。
横面を殴りつけられて吹っ飛んだ僕は、大木に背中から叩きつけられ、息ができなくなった。
そんな僕に対して、彼女は鉤爪のついた踵で、容赦なく何度も踏み潰してきた。
馬乗りになり、僕の顔を殴りつける。
顔を・・・、いや、鼻を、鼻を、鼻を!
徹底して彼女は僕の鼻を潰していく。
鼻血が吹き出し、軟骨が潰れてぐっちゃりと湿った音を立てた。
僕は彼女が腕を振り上げた瞬間を逃さず、体勢を入れ替え彼女を組み敷いて押さえつけた。
彼女は、下から抵抗するように暴れたが、僕は構わずに彼女を大地に貼り付けていく。
僕の鼻から流れる血液が、彼女の顔に降りかかる。
鮮血に赤く染まりながら、観念したかのように徐々に彼女は力を失っていった。
つづく
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