第14話 未来の輝きに魅せられて ③
「おお。勇者よ!よくぞ戻られた!」
もうすっかり聞き慣れた、国王の声が聞こえてきた。
「先日は、女神の衣を脱がせた不届き者がいると聞いている。」
「まさかと思うが!、そなたではあるまいな?」
思い当たり、ギクリとする僕の顔色を見て国王が話を変える。
「まあよい。」
「女神の話は、女神本人から聞き及んでいよう。」
女神がこの世界とお前の住む世界の平和のために、そのお身体を犠牲にしてなんとかこの闇が各地に広まらないように、日々守ってくださっておる。」
「女神はそなたには言わないであろうが、そなたに与えた寵愛の結晶も、弱りゆくリーブラ様の魂を削って、そなたに分け合えた神器の一つであろう。」
「女神様を救える時間的な余裕は、あまりないと心得よ。」
「急げ勇者よ!リーブラ様の力を取り戻すために!」
「この世界の鬼となった、女の情念を清めるのだ。」
「さあ!勇者よ、ぐずぐずするな!」
国王の言葉に、頭から冷水を浴びせられたような気がした。
今、聞かされた女神の身体については、僕は今まで何も知らなかった。
女神をただ美しく、好色な欲望の化身ぐらいにしか考えていなかった。
自分の浅はかな考えに目から鱗が落ち、背筋が伸びる思いがした。
急いで城門を出て、女神の里を通り過ぎその奥地へと進む。
毎回女神にイタズラをし、その衣を剥ぎ取り、約束していた真実の鏡も手に入れていない。
このままでは、女神にあわせる顔が無かった。
今回は女神の里へは赴かずに、僕は女神を救う術を求めて、奥地へと歩を進めていく。
岩場には地下道が作られていた。
ここが山の上に築かれた城塞都市への入り口となる。
街で聞いた、腐敗した都市への入り口であった。
岩場をくりぬいて作った地下道は、岩山の清水が地熱で温められて、モワモワとした水蒸気をむせ返るほどに発生させていた。
一歩歩くごとに、張り付いた水蒸気が僕の汗を誘発する。
急な坂道を少しでも楽に登る工夫からか、暗い階段が左右に蛇行するように少しずつ上階に向かっていく。
足元から吹き出す水蒸気は自然の力に従って、下から上へと登っていく。
この不快な水蒸気と自分が一体となって、階段を上っているようであった。
かなり登ったあたりで、水蒸気の中に何か食品が腐ったような匂いが混じり始めた。
『ッ〜クサイ!!』
不快な匂いは水蒸気と交じり合い僕の体にべっとりとまとわりつく。
急な坂を登り続けて酸素を求める僕の肺の中に、この匂いが容赦なく入り込んできた。
水蒸気に溶けた臭気が湯気となって舌を潤していく。
吸って吐く息に合わせて吐き気がこみ上げてくる。
僕はなんとか息を整えるべく、岩の隙間に顔を差し込んだ。
新鮮ではないが、土の匂いがする。
息を整えると、上から降りてくる臭気からだいぶ落ち着くことができた。
上から流れ降りてくる臭気を、山の清水と地熱が生み出す水蒸気が押し戻すことで、臭気がこの回廊の入口へは流れ出さないのだろう。
通路の先端に小さな輝きが見えた。
その輝きは、僕が歩みを進めるごとに大きくなっていく。
もうほとんど登ることもなく、地下通路の上に出る事ができる。
鼻と口元を押さえながら光の中に出ると、岩山の噴火口のようなすり鉢状の巨大な穴が果てしなく空いており、その中に悪臭を放つヘドロの水湖が海を思わせるスケールで広がっていた。
そして悪臭の元凶である汚泥は、上空に浮かぶ空の中から絶え間なく溢れて、ヘドロの水湖に注いでいた
僕は理解が追いつかずに、上空の雲を見続けていると明順応の反応で目が光に慣れ、その奥が見えてきた。
!!
下から見上げているはずなのに、その街が上下が逆さまになった状態で見ることができた。
見覚えのある街並みであった。
僕は航空写真でこの町を見たことがあった。
あそこに僕の家があるはずだ。
これは僕の住む町に間違いはなかった。
その町からの汚泥がすべて、流れとなってこの噴火口の穴に流れ落ちているのだ。
すでに臭いには慣れていた。
『浮かぶ町、異世界、転移、勇者、鬼、情念、女神、聖剣・・・。』
全てが僕の夢の中だと思っていたのだが、国王の言うように、どこかで現世と繋がっているのかもしれない。
流れ落ちる汚泥が、ヘドロの中に滝のように流れ込むのを見ていると、何か悪いことをしているような気分になってきていた。
つづく
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