6.Something to Lose

全てを失って二度目の朝、やけに強い朝日が私を照りつける中、まだ絶望は消えていなかった。


思った以上に深い眠りについていたようだった。蒼が、だいぶ唸ってたけど大丈夫なの?と聞いてきたので、それには大丈夫と答えた。

私、そんな聞こえるくらいうなされてたの!?

この男じゃなければ、恥ずかしさに発狂するところだっただろう。

少しすると朝御飯だと呼ばれたので荒れた髪も直せないまま、顔を合わせた。

「料理なんて、できるの!?」

「これだけならな。」

「意外と女子力あんじゃん。」

「上からだなぁ、一応俺の方が年上だぞ?」

「そんなこと気にするんだ。」

「いや、別に気にしてねーし」

なんか、ちょっと可愛かった。

なんて、年上に抱く感情じゃないことは分かっていたが事実だった。


蒼がなぜ、こんなに知っているのかは分からないが今の世界情勢について、いろいろ聞いた。

日本以外の国家は全滅していること

何者かが南米で流行ったウイルスを作り替えてそれをばらまいていること

電話に出た警察は最初から駆けつける気がないだろうということ

むしろ、警察はこの多忙さみたく日本が全滅した方が楽になると密かに思っていること


全てが初耳でとても現実に、起こっていることとは思えないものだった。


途端に自分の大切な人達が死者という大きなくくりの一部でしかないことに悲しさを覚えた。

感染率99%、致死率90%、なんてウイルスなんだ。その中で感染してない私たちは何なんだろう。いっそ、警察の言ってた通りになればどんなに楽だろうか。そうだ、日本が全滅しないまま生き残っているから罪深いんだ。

今日の蒼は何か昨日と違う気がした。

確固たる決意を持ったような。そんな気が、

「今、何人生きてるの?」

「俺に聞いてどうすんだ。」

「わかんないかぁ」

「美咲。俺は知ってることは知ってる。けど、このウイルスの専門家でもなんでもない。俺についてくるんだったら、残りの生存者にすがるな。そんな、甘い気持ちで来るんじゃねえ、お前が後悔するぞ」

「えっ…」

何か気に障ることを言っただろうか。

いきなり突き放した言い方をした蒼がちょっと怖かった。

「……どうしたの?」

蒼は口を開かなかった。

「ついてくるな、ってこと……なの?」

それでも、蒼は黙っていた。私はどうしてもその心境が知りたくて、後先考えずどんどん入り込んでいった。

「ねえ、私についてこられるのが嫌なだったら言ってよ。そしたら、1人になるし、もう関わらないから。 ねえ、聞いてる?」

返事はない。 勝手に口が……

「どうなの、ずっと黙ってないでなんか言ってよ。自分だって家族が亡くなったって言ってたじゃん!それなのに、残りの生存者にすがるな。って何なの?そんなこと言って蒼は家族が死んだの悲しくないの?蒼はそんな残酷な人間なの!?死んだ両親もそんなの聞いたら悲しむんじゃないの!!?」


 あっ……


これは自分でも分かった。入ってはいけない部分まで、言及していた自分に怒りがこみ上げる。

なんで、私こんなこと言ったんだろ……

蒼に顔を合わせることすらできなかった。

合わせたら、もう蒼は見たこともない顔で私を見て、そして、

じゃあな

この一言で全てを済ませ、どこかへ行ってしまいそうだった。

顔を見ずに言う

   蒼……ごめんなさい……

やっぱり、無視だった。

と、思ったが蒼は3分間ずっと閉ざしていた口を

開いた。

「なんで、謝るんだ。」

「えっ、?」

「俺が悪いんだよ。謝るなんてふざけんな。俺が美咲より自分の計画を優先したから、そのせいだ。」

「どういうこと……」

「俺は世界をこんな色に染めたやつを殺しにいく。大切な人を全て根こそぎ奪っていった人間をな」

「殺すって……」

初めて、蒼から残酷な言葉を聞いた。

その時には、蒼の口調が荒れていることはさほど気にならなくなっていたが、さっきの殺す、という言葉が私に与える影響は思った以上に大きかったようだ。

このことか、勝手に感じてる義務感を満たすって。

「ごめんよ、ビビらせて。」

「ねえ、殺すって……」

「美咲をその計画に連れていくわけにはいかない。」

「どういうこと……」

「殺しにいくんだ、その言葉通りだ。」

何、さっきのはそういうことだったの?

私を連れていく訳には行かないから冷たい態度で離れさせようとしたの?

そんなのおかしいよ……私はどこにだってついていくっていうのに……

「でもな、会って1日だっていうのにさ。なんか、美咲と離れたくないって思っちゃって。ごめんな、勝手にそんな風に思って。」

正直、この言葉には驚いた。けど、私の口もまた勝手に決して繕うことなく動き出した。

「ううん、ついていったのは私の方じゃん。むしろ……私の方が離れたくない……」

「忘れられないんだよ。昨日の会話の一つ一つが。これから、殺しにいくっていうのに、それどころじゃなくなって……」

「もう、失いたくないんだよ……」


勝手についていった私に離れてほしくないなんて、普通に考えて蒼もどうかしてる。

なのにそれが際限もなく嬉しくて……。

私に残された選択肢は正直これしかない。言ってしまえば、私だって周りの人間がいなければ役割は死者と変わらないんだ。こんな誰もいない世界で蒼なしに生きる価値を見いだせる気がしない。

「私もついていく…」

蒼はこの言葉に一瞬理解が遅れた様子だったが、少し経って私の決断を汲み取ってくれたようだった。


それはまだ昼と言うには早すぎる、朝と言うには遅すぎる、なんとも言えない時間帯の出来事だった。いきなり割り込んできた人生の分岐点。正しい分岐を選択できていたか、そんなこと今となってはどうでもよかった。

どうでもいいんだ、けど……


失うものが増えたことは確かだった。

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