第5話 エミリオ

はぁ…今日も疲れた


あれから隣街へと交渉へ向かうメンバーが発表された。サラお嬢様、ルーカス、アーノルドさん、そして、お嬢様の世話役として私。



従業員の間で恰好の噂のネタとなった。


ルーカスに付き纏うリナ、

3角関係だとか、

サラお嬢様は騙されているんだとか、


周囲は執拗に私を悪者に仕立てていく。


私は、一緒に行くことを望んでもいないのに。


このまま真っ直ぐに帰りたくなくて、

行くあてもなく、ただ遠回りをして歩いていた。



「リナ?」


この声はもしかして……。


振り返ると、そこにはこちらへ向かって歩いてくる笑顔の青年の姿があった。



「━━エミリオ」


今、一番会いたくない人。

ルーカスと別れることになった原因の人。


こんな言い方は、失礼ね。

エミリオは、何も悪くないのに。自分の性格の悪さに嫌気がさす。


「あれ、リナの家ってこの辺りなの?」



エミリオは、戸惑う私を気にすることなく、気軽に話しかけてくれる。



「ううん、ちょっと歩きたくて。」



「何かあった?」


「…」



お願い

優しくしないで。

今、優しくされると、あなたに縋ってしまう。そんなことしたくない。



「あ、そうだ、この辺りによく行く店があるんだけど、良ければ一緒にご飯どう?

何か元気ないし、そういう時は美味しいものを食べると元気でるから。あれ、単純かな俺」



屈託のない笑顔が眩しい。エミリオは取引先のお店に勤める従業員だ。うちの商会へ品物を届けてくれたり、新商品の営業に来たりと何かと顔を合わせる機会が多い。


こんな風に帰り道に会うこともあって、

取引先の方だし、何度か食事の誘いを受けたことがある。


今までは……。

でも、ルーカスに誤解されたこともあるし、

さすがにもう断わろう。


「エミリオ、私━━」


「荷物重そうだね? 持つよ、さぁ行こう、ね?」



野菜などを購入していた私は、買い物袋を持っていた。エミリオはヒョイッと私の手から買い物袋を取ると、先に歩きだす。


断るつもりだったのに、買い物袋を持つエミリオを追いかける形となり、結局お店まで一緒に来てしまった。




窓辺の席に案内されて、私達は隣り合わせで座った。


どうして来てしまったのだろう……。


こういう曖昧な態度が、ルーカスに誤解されてしまったのに。


そもそもエミリオは、私をどう思っているのだろう。


「リナは、何食べる?」


「えっと、じゃあ、エミリオと同じもので」


「そっか、分かった」



注文を終えて食事を待つ間、居心地が悪くて窓の外を眺めていた。


別に何も悪いことをしていないのに、なんだか落ち着かない。


通り過ぎる人達を見ていると、自分のことを考えずにすむ。


これから帰るのかな、誰か待っているのかな、とか、一人空想の世界へと入っていた。


そんな私を、じっとエミリオが見つめていたことも気づかないくらいに。



食事が運ばれてくると、食欲はないと思っていたのに、一口食べると美味しくて、結局完食してしまった。落ち込んでいる時でも、食事が喉を通るのが不思議だ。



「どう? 少しは、元気なった?」


エミリオは、私を元気づけようと明るく声をかけてくれる。食事中も、他愛もない話題を提供してくれた。




エミリオは優しい。



それはまるで、私に好意があるのではないか、と勘違いするほどに。


私の曖昧な態度も、エミリオへ勘違いさせてしまうものなのかもしれない。


「エミリオ、あの……、もしも、

勘違いだったらごめんなさい。


こんな事言うなんて、私なんかが自惚れた発言するようで、心苦しいんだけど……。


私ね、好きな人がいるの。


その人とは付き合ってたんだけど……。


だから、もう、こんな風に2人で食事したりすることは遠慮したいの。


あの、エミリオがそんなつもりで誘ってくれたなんて、思っているわけじゃないんだけど!


もしそうだったら、その、エミリオを傷つけてしまう?じゃないかと思って…」



店内は食事を楽しむ人が多く、賑わっていた。人々のざわめきが聞こえているのに、返事を待つ間は、2人だけの空間のようにも感じられた。


なんだか居づらくて、もしも勘違いだった場合は、自分の発言が恥ずかしくて、とにかく逃げ出したくなった。


「エミリオ、私、そろそろ帰るね。」


「勘違いじゃないよ」


「━━え?」


「その、俺さ、


付き合っていたってことなら、今は


別れたってことだよね?言葉のあやをとるようで悪いけど。


俺だって、そんな時につけ込むようなことはしたくない。


だから、別にそんなに深く考えないでほしい。


リナが迷惑じゃなければ、


友人として、こうして時々一緒に会ってもらえたら…嬉しいかな、なんて。


はは、都合が良すぎるかな?やっぱり……」



エミリオは、私の気持ちを知ってもそれでも友人としてあろうとしてくれる。


職場で孤立している私にとって、その言葉は荒んだ心にじわじわと滲み入るものだった。


エミリオは優しい。


だから、甘えてしまう自分がいた


「友人…としてなら」


「じゃあ、また誘うね。友人として」


ニコッと私に笑いかけてくれるエミリオ。

最近はいつも気が張っていることが多くて、知らず無表情になっていた。

職場では、誰にも弱い所を見せたくなかったから。


エミリオの笑顔につられて、私も顔が綻ぶ。


エミリオの優しさのおかげで、少し元気になった気がした。








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