第6話 隣街へ①
隣街へと出発する日になった。
とうとうこの日が来てしまった。
本当に行きたくない…
でも、アーノルドさんがいるのが救いだった。
朝、出発の挨拶をして、皆に見送られながら私達は隣街へと出発した。
隣街へは馬車での移動になる。
護衛の方は前方と後方におり、盗賊などの襲撃に備えていた。
盗賊を恐れて、商会のロゴの入っていない、一般用の馬車を借りている。
なるべく目立たないようにサラお嬢様も平民の装いだった。治安が悪い訳ではないけれど、この時期は商会の出入りが多いので、それに伴い盗賊に狙われる危険も増える。特に今回はサラお嬢様も同行する為、警備には力を入れている。
馬車の中では、サラお嬢様とルーカス、向かい側にアーノルドさんと私が隣り合わせで座ってていた。
耐えきれない空気感だったらどうしよう、と胃の辺りを押さえながら、不安でたまらなかった。
が、意に反して、馬車が動き出すと、和やかな雰囲気となった。
サラお嬢様が普段と同様に、気さくにルーカスやアーノルドさんや、私にも話しかけてくれる。
それに相槌をうったり、答えたりする形ではあるけれど、表向きは楽しく過ごすことができた。
私とルーカスは、お互いに目を合わせないようにしている。どうしてもぎこちない雰囲気になってしまう。
サラお嬢様は、そんな私達の様子など気にも留めていないようだった。お嬢様の考えていることは分からない。きっと、貴族の方は、私達とは感覚が違うのかもしれない。
隣街へ到着した後は、サラお嬢様達は交渉の為に貴族邸へと向かうことになっている。
私は交渉の場には参加しないので、宿で待機したり、自由に過ごして良いと言われている。
皆を見送った後、ほっと胸を撫で下ろし安堵する。
このまま宿にいようかなとも考えたけれど、せっかくなので、少し街を歩いてみることにした。
この時期は、様々な商会の方達が訪れているので、街には活気が溢れてる。
父から聞いた通りだった。とても賑やかで、確か柑橘系のジュースが名物だと言っていた。
ちょうど喉が渇いたので、私はグレープフルーツジュースを購入した。程よい酸味が喉を潤す。
周囲を見回すと、同じようにドリンクを片手にお店を見てまわっている人が多い。皆、お土産を購入するのだろう。
お土産……。
そうだわ、エミリオに、何かお土産を買って帰ろう。
あの日、落ち込んでる私を励ましてくれた日を境に、エミリオと会う頻度が多くなった。
特に何をするでもなく、ただ一緒に歩いたり、買い物をしたり、その日のことを話したりするだけなのだけれど、私にとっては唯一の心の救いとなっていた。
友人にお土産を買うのは、別に普通のことだよね。
私は、誰に許しを求めているのか分からないけれど、言い訳を自分に言い聞かせて、お店を見て回った。
ふと、出店の一つに、便箋や万年筆が並んでいるのが目に留まる。
そうだわ、エミリオは書類仕事も多いと言っていたわ。
お世話になっているし、ちょっと奮発してこの万年筆をプレゼントしよう。
万年筆には、イニシャルが刻んであった。私はエミリオのE の文字が刻んである万年筆を購入した。エミリオは、喜んでくれるかな。
自分にも可愛い花柄の便箋を。
父へは、限定の紅茶を。
いつも父は隣国の紅茶をお土産に買ってきてくれていたから。
せっかくのお土産なのに、紅茶は苦手だと子供ながらに文句を言っていたけれど。いつのまにかその紅茶が好きになっていた。
成長と共に、好みが変わるのも不思議なものね。
今度は、私が紅茶を父に渡そう。私がルーカス達と隣街へと行ったと知れば、色々な意味で驚くはず。
心配をかけたくなくて、今回のことはまだ報告していなかった。お土産を渡す時に驚かそう。私は、もう大丈夫だって。
従業員皆へは、お土産として柑橘系味のクッキーを購入した。
お土産を購入し終えると、エミリオや父へ渡す時のことが楽しみになった。ウキウキとした気分で足取りも軽く、宿へと戻った。
とても浮かれていて、サラお嬢様やルーカスと一緒だということを忘れかけていた。
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