第6話 夜獣




 そこにいたのは、小さな生き物たちだった。

 猫よりはひとまわり大きい程度、中型の犬ほどもない。

 それでも、町にすんでいれば、そうそう見かけるような生き物ではなかった。

 それも、こんなに何匹も。


 猿だった。


 十匹はゆうにこえ、二十匹ほどもいただろうか。

 街灯のあかりを拠りどころにしたのか。猿の群れが、そこにたむろしていたのだった。




 みのの猿は、紅葉もみじにおとらず知れわたった名物だ。

 この山におとずれる客たちの投げるえさ、置き去りにした残りものを目当てとして、古くから箕面の地で、恐れもせずに人前に現れていた。

 人間をおどしてまで食べ物を巻きあげるという噂はたびたび聞こえていて。ワンコインで自動販売機が使えた時代は、ひろった百円玉をつかってジュースを買うという話までもまことしやかに伝わっていた。




 おもわず足を止めたこちらに、猿たちは、物騒な様子はみせなかった。

 ただこちらを眺めるか、あるいは構う様子もみせず、思い思いに動きまわっているだけだ。

 けれど、そんな猿たちから、目を離すことができなかった。


 いままでに猿を見たのは、すべて動物園の猿山。

 営業時間中の真っ昼間、塀のむこうの深くほられた穴の底。コンクリートで固められた人工の山にとらわれた猿たちを、十メートルは離れた距離からながめるだけのことだった。


 だが、ここは、夜の山中。


 何もへだてるもののない、二メートルと離れていない、すぐ周りで。

 猿たちは何はばからず座り、登り、ねて、走り回っている。


 道にそえられた手すりのうえに、何匹も座りこんでいる。

 電灯にのびたケーブルをつたって踊りまわっている。

 子猿もいた。道にちいさな影をおとして、手足をうごかしかけずり回って。




 知らなかった。

 夜の山でみる野生の獣が、こんなにも、すごみのあるものだったなんて。


 恐ろしい、というのではない。

 ただ、人に飼われるでもない、囚われているわけでもない。そんな野生の獣たちが、跳ね、登り、走り、傲然とすわり込んでいる、そんな一挙一動が、闇につつまれたこの山々のすべてに繋がっているかのようで。


 これは、町中に切り離された、人間の領域に身をちぢめて生きている貧弱な存在じゃない。

 人間の手のおよばない、暗い領域からの使いだ。

 山々にある、何かの具現だ。


 そんな感覚が、目の前でうごめく暗い影たちから、胸中に吹きつけてきた。




――― こんな獣たちならば、人を惑わす、人を化かすということさえ、やってのけるかも知れない。




 ふと浮かんだその思いに脅威を感じたわけでもないが、ややあって、ふたたび夜道を歩き始めた。

 猿たちはそれを阻むこともなく、そもそもこちらに構うこともなく。

 ただ背後のあかりの中で、思い思いに踊っているかのようだった。




 町が見えてきたころだろうか。

 そばを流れる川のむこう、暗い木々のその彼方のどこかから。


――― キィァーッ。


 そんな声が響いてきた。

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