第4話 山道




 しずかな森とそこに広がる紅の色、そして初冬の陽に見守られて、みの川をはべらせながら、山道はうねり上下しながら、秋にさそわれた客たちの足を、奥へ、奥へといざなってゆく。


 歩むものたちがいるということは、人の営みがあるということで。

 それに伴うさまざまな建物が、すでに数百メートルを歩いても、点々と山のなかに姿をあらわし、人の目を迎えている。




「日本三大昆虫宝庫」のひとつと呼ばれたこの地の自然を展示する、温室つきの昆虫館。

 山道から川をはさんでずらりと涼しげなかわゆかならべた料理店。


 それを過ぎて古ぶるしい石垣が目に入りはじめれば、公園のような空間がぽっかりと広がって、修験道の開祖たるえんのづぬとのゆかりと千三百年の歴史とを今につたえるりゅうあんの山門が鎮座しているのが見える。

 道にそって森にひろがる境内で、紅葉もみじちらばりこけむす石段や石道を行き来しながら、そこにひろがる堂やほこらを回ってゆくと、すでにかなりの時間を過ごしてしまったことにようやく気づく。




 本堂をのせる石垣をあとにまた川沿いの道をゆき、洋館じみた珈琲コーヒー館とかなたに見える和風建築の博物館・時習堂を過ぎて進めば。

 周囲をとりまく森はいっそう暗さと冷ややかさとを増し、道のけわしさも徐々に強さを、ちょうど冬の陽もかたむきをあらわにして、紅く彩られていた山も、青さと黒さとを増してゆく。


 しばらくの上り坂のうえ、ひときわカーブが急な地点にまちうける瓦屋根の公衆トイレと、店先からしてずらりと土産みやげを並べてみせる料理屋とを最後にして。

 目立つ建物も見当たらず、ただ樹々のみきむらとが、静寂をかもしながら取りまく森のなかをひたすらに歩む道がはじまった。

 そこかしこにいまだ咲きほこる紅葉たちも、赤い姿に静けさまとわせ、その踊りをもう夕暮れの舞いへと変じさせている。




 落ち葉のつもった道をどれほど歩いたか。

 太古のむかし、とうからの旅人が道のけわしさに引き返したと伝えられる大岩を過ぎ。

 無機質な鉄の欄干らんかんがついたコンクリートの橋をわたり、川音ひびく森のなかを進みつづけ。

 夕暮れの景色のなかに溶け込んだような小さく古風な建物が、軽食を店先に食並べている、そんな光景があらわれた。




――― ああ、思い出した。


――― この眺めは、見覚えがある。




 道は徐々に広がりをみせて、あたりを支配する樹々はその身を退いて。

 人と、人工物の気配が、ふたたび濃さを増してくる。


 赤い欄干の橋がかかり、いくつもの店がさまざまな軽食や飲み物の香りただよわせ、コンクリートの展望台がうずくまっていて。


 そのかなたに、夕闇のなかにも白く降りてくる滝の筋がながれている。

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