最終話 ふたりのオムライス

 オムライスには色々な種類があるんだよ?

 知ってたかい?

 その中でも一番難しいのは、たんぽぽオムライスなんだ。

 ケチャップライスの上で、オムレツを割る、あれだ。見たことはあるだろ?


 よくあるトロトロオムライスはたんぽぽオムライスじゃないんだぞ?

 あれは~、半熟卵かけケチャップライス、だなぁ。

 あくまで父さんの感想、だがな!


 たんぽぽオムライスっていう名前はね、昔、たんぽぽっていう映画があったんだ。潰れかけのラーメン屋さんを立て直すって映画でね、その一場面で映されたのが、ケチャップライスの上でオムレツを開くオムライス。それまで誰も見たことがないオムライスだった。

 父さん、ビックリしたなぁ。母さんも一緒に見たんだぞ?面白い映画だった。その映画の名前を付けたのが、たんぽぽオムライスってわけだ。


 具材はハムだけでいい、普通のロースハムだ。特売品だとなおいいね。

 それに玉子、これもブランドものなんかいらない。ただただ新鮮ならいいよ。意外とね、日替わり特価の安売りタマゴがね、新鮮だったりする。


 母さんも、よくそう言ってたなぁ。


 なんなら具材もいらないんだぞ?玉子と飯と油と調味料、とにかくシンプルな料理だから、意外とごまかしが効かない料理なんだ。


 ケチャップライスの油はサラダ油なんかでいい、ケチャップと馴染むならなんでもいいぞ?オリーブオイルやごま油を使うと、ちょっと変わった香りがするしね。


 飯もそうだ。白飯じゃなくっても全然構わないな。ただね、熱々の飯を入れる。

冷やご飯ならレンチンすると良いね。温かい方が、油の馴染みがいいからね。


 さぁ!フライパンを一気に煽ってケチャップライスを完成させるぞ。ここは力がいるからお前には無理かなぁ。母さんもここは煽らず静かに混ぜるだけだったしね。

 そう言えば、おまえはこのとき、フライパンの中を見るのが好きだったね、ケチャップライスだけ食べたいの?


 ほら出来た、お皿に盛ろうか。


 たんぽぽオムライスにするなら、ケチャップライスの上を平らに均して、オムレツが乗りやすくするのがコツなんだぞ?


 さぁ!いよいよタマゴだ。


 玉子はぜいたくに3個使うぞ?クリームや牛乳は入れないんだ。その方が素早く火を入れられる。でも火が通るタイミングを間違うと、オムレツが中まで硬くなって割れなくなっちゃうから、注意するんだよ?


 オムレツにはバターを使おうね。でも、マーガリンでもいいさ。

 バターは高いだろ?

 お前の給料が上がったら、バターを買うといいね。


 それと、フライパンは卵専用を1本持っておくといい。これはもう10年以上卵専用で使ってるんだ。ちょっと高いフライパンも、結局はお得なんだよ?


 さぁ、溶いた玉子をフライパンに入れたらゆっくり大きくかき混ぜる。こうやって、玉子の様子をよく見ながら、割れたときのトロトロ感を想像しながら。


 トロトロの玉子をまとめるのは勇気がいるだろうけど、怖がっちゃだめだよ。一気にまとめるんだ。


 火の当たりに注意して、繊細かつ大胆に。

 玉子の皮がトロトロの中身を包み込むように、ね。


 そんなオムレツが出来たとしても、まだ油断しちゃだめだよ?

 オムレツにはどんどん熱が入っていくんだから、出来たら即座にケチャップライスの上にのせる。


 グズグズしちゃだめ!

 思い切って!!


 緊張してもいいよ。でも、失敗したっていいんだ!って、割り切ることも大事なんだ。どんな仕事でも、そうだろ?


 よし、オムレツはできた。乗せるぞ?


 ケチャップライスにオムレツを乗せる。ここは意外と難しい。ケチャップライスの山から滑り落ちれば、もう雪崩オムライスになっちゃうからね。

 フライパンから滑らせるように、オムレツをケチャップライスの平たくしたところへ、スライドっと・・・


 よし、上手くいった。急いでテーブルに持って行こうか。

 さ、割ってみて。


 時間はないぞ?玉子はこうしている間にも固まっていくんだから。


 そうそう、キレイに開いたね。

 ほら、片側も。


 うん、大丈夫。

 最後の最後、お前の手が入って出来上がったたんぽぽオムライスだ。


 ケチャップも好きな量だけ掛けていいよ?あとは自由に食べるといい。


 美味しいか?


 これが母さんのレシピだから、覚えておきなさい。

 母さんは、玉子の料理が好きだったからなぁ。パスタならカルボナーラとか、サンドイッチはいっつも玉子サンドだったからね。

 でも、一度じゃ覚えられないだろうし、また食べたくなったら、いつでも帰ってきていいよ?


 それに、しおりが帰ってくると、かあさんが喜ぶからさ。

 ほら、かあさんの写真、笑ってるように見えるだろ?


 「え?父さんはどうなのって?」

 「うん、父さんは、私に帰って来て欲しい?」

 「う~ん」

 「わたし、帰ってこようか?このおうちに」

 「うん、まぁ、それはいいからさ、さぁ、もう食べなさい、オムライス。温かいうちに」



「しおりが帰ってこようか?だってさ。嬉しいね」


「でも、いいよね。僕たちふたりで、これからもここで」


「ね、アカリ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたりのレシピ(連載版) ひゃくねこ @hyakunekonokakimono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ