第6話 わからせてやりました!
その直後。
俺はアイカに半ば引きずられるようになりながら庭の開けた場所までやってきた。ここは……前にリリムの召喚獣をボコった場所だ。
「奴隷おじ! さっさと立て? 戦うぞ?」
リリムは得意満面で腕を腰に当て、そり返るようにして俺を見下ろした。
「前回とはまったく違うから。リリムとモプップは一段階も二段階も進化しました。もうおじは敵いませ〜ん。唯一の勝てる所も無くなって、いよいよ完堕ちで〜す。ざーこざこ。負けるのがいやなら逃げてもいいぞ、ざーこ」
唯一の勝てる所。暗い思考に光が差し込む。
そう、俺は戦士だ。戦いを生業とするもの。ロリコンかそうでないかなんて、俺の戦士としての価値に一切関係ない。リリムをいやらしい目で見たとして俺の強さに傷がつくことはない。
戦え。勝て。証明しろ。それが戦闘奴隷に許された唯一の生き方。
「お、立った立った。おじやる気じゃん。リリムに勝てると思ってそうで笑える〜」
「もう一回ぎたんぎたんにしてやる」
「ぎたんぎたんって何? どういう意味? 古語? 時代遅れでくさぁ。前負けたのは油断してたからだし。あれから学校でも特訓したから負けませ〜ん。奴隷が貴族に勝てるわけありませ〜ん。ざこざこ奴隷おじは大人しくリリムをいやらしい目で見るだけのお猿さんになっとけ?」
「いいからさっさと召喚しろ」
リリムは無邪気な笑みを深めて、指を鳴らした。
「おいで、モプップ」
空間がゆらぎ、極彩色の裂け目から犬が飛び出してくる。熊みたいに大きい白い犬。モプップだ。リリムは自分とほとんど同じ高さにあるモプップの頭をわしわしと抱きしめた。
「よーし。いいこいいこ。今日もモプップはかわいいぞ〜。あ♡ おじが羨ましそうな目でこっち見てる。おじにはよしよししてあげないから。残念でしたぁ」
こいつの声は砂糖菓子みたいにいつまでも甘ったるい後味を残しやがる。少々飽きてきたところだ。
「俺が負けたらなんでも言うことを聞いてやる。お前が負けたら――二度と俺のことを童貞おじと呼ぶな」
「ぷぷぷ〜。童貞おじって呼ばれるのイヤだったんだ。ごめんね? でも気にするとこそこかあ〜。もっと他にもいろいろあったくない? 必死になって否定すると真実味増すんですけど」
「俺は奴隷だ。基本つよつよだが、よわよわな側面もある。だが――童貞ではない。虚言をばら撒かれるのは困る。モテなくなってしまうからな」
つよつよ? よわよわ? 俺は何を言ってるんだ。リリムの妙な口癖が移ってしまっている。
リリムは眉を片方だけ持ち上げて怒りをあらわにした。だがまったく怖くはない。
「奴隷おじにモテとか存在しませーん。モテるわけないでしょざーこ。鏡見たことある? おじはリリムの奴隷で自由恋愛禁止なんですが?」
モプップがぐるぐると激しく唸る。リリムはその尻を叩いた。
「行け、ウインドブラスト!」
モプップの口元に不可視の風が収束していく。不可視だが、肌がエネルギーを感じ取るのだ。
「超常を使えるようになったか。やるじゃねえか」
「べー、だ。死んじゃえ!」
召喚獣は超常の力を操ってこそ召喚獣だ。そこでようやくスタートライン。
超常の力は確かに強力だ。こんなガキと低等級のモプップでも、俺の体を消し飛ばすくらいの威力がある。
だが――すべては当たればの話。
リリムはモプップに命令だけ出して満足しているが、それではいけない。人馬一体となって連携してこそ真の力を発揮するのだ。
モプップがバウッと吠え、空気砲が射出される。矢よりもずっと速いが、タイミングを掴むなんて簡単だ。犬っころが放つ直前に身を躱すだけ。当たる気がしない。
結果的に明後日の方向へ飛んでいった空気砲。木に直撃して太い枝をへし折った。いくら鍛えているとはいえ俺でも骨折じゃ済まないかもな。
「もっとよく狙えよ。一生当たんないぜ。召喚獣に任せきりにするんじゃなくて、自分で見計らうんだ」
「はあ? おじうるさい! モプップ、ウインドブラスト!」
再び放たれる風の弾丸。さっきとまるっきり一緒だ。予備動作が大きくて、直線的。矢のほうがまだ避けにくい。
「ウインドブラスト!」
「それじゃあだめだな」
「ウインドブラスト! よけんなっ!」
俺とモプップの距離はもう三歩だ。モプップは飛びかかりたそうにしているが、リリムの指示があるので俺に攻撃してこない。
「ウインドブラストッ!」
モプップは口元に風のエネルギーを溜めるが、溜まり切るまえに俺の蹴りが側頭部を撃ち抜く。そして光の粒となって消えた。またしてもあっけない幕引き。
「もうっ! なんで勝てないのよっ!」
この感じだとあと四十年は勝てるな。よぼよぼの爺になるまで負ける気がしない。俺はリリムへと近づいていく。
「く、くんなっ! 近づいてくんな! きもい! 助けて助けてアイカ助けて!」
リリムは必死に手を伸ばしたが、アイカは動かない。いつになく冷たい目で行く末を見守っている。
俺は腕を振り上げ――
「ごめんなさいっ」
怯えて顔を伏せるリリムの首にチョップをかます。
「実戦ならこれでデッドだ。まずは逃げ方を覚えるべきじゃねえか? 逃げるのも戦いの内だぜ」
膝から力が抜けたようで、リリムは女の子座りでへたりこんだ。その上目遣いの瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「なんで、なんで、超常の力も覚えたのに、なんで負けるのよッ! バカ! おじのバカっ! 気使ってご主人に花を持たせるくらいしろっ!」
「お前は戦いってものを何も分かっていない。だから負けるんだ。モプップは駒じゃないし、敵も駒じゃないし、お前自身はフィールドの上に立ってるんだ。それを理解するんだな」
「はあああ? わけわかんないですけど? わかるように喋ってよ!」
「つまり、お前も戦えってことだ。命令して終わりじゃなくて、貴族は二対一で戦えるから強い。弓でも剣でも投石でもいいから、圧力を与えるんだよ。それでモプップが戦いやすくなる。それが持たざるもの――ドラゴンと契約できない貴族の戦い方だ」
「…………」
ずいぶんとしおらしくなったリリムは濡れたまつげを伏せて唇を尖らせている。少々言い過ぎただろうか。だがこれが俺に与えられた仕事だ。
「――そんなの習ってない。召喚獣に任せなさいって先生が言ってた」
「それは傲慢な戦い方だ。モプップくらいの精霊としか契約できないなら技術を磨かないと」
「…………モプップくらいってなによ。バカにしないで、奴隷おじのくせに。モプップは可愛いんですけど」
「知るか」
「――ならおじが教えなさい。どうやって戦ったらいいか、モプップと一緒に勝つ方法をリリムに教えなさい。命令です」
「いやだ」
「はああああああ?」
この機会に長く伸びた鼻を叩き折ってやる。俺もスカッとするし。
「教えられる側の態度ってもんがあるだろ? いつまでもガキでいられると思うな」
リリムは指で髪の毛の先をくるくると弄りはじめ、モジモジしながら呟く。
「なんて言わせたいわけ? 変態おじはリリムに何を言わせたいわけ? このエロ猿め」
「自分で考えろ。"お願い"っていうのはそういうもんだ」
「は、はあ? 自分でって……」
瞬きの回数が増えた。蒼色の瞳がぐるぐる回って、ようやく視線がぶつかる。
「――今まで生意気でごめんなさい。もうしません。だからリリムの師匠になってください。つよつよ奴隷おじ、よわよわメスガキに教えてください」
あー、きもてぃー。サウナ後の水風呂でのめまいくらい気持ちいい。理解させてやったのだ、俺のほうが優れていると。
充足感が心を癒していく。戦士としての価値を認められ、今までの人生を肯定されたような感覚。
衝動のまま小さなの頭をわしゃわしゃと撫でれば、リリムは目を細めながらも、
「おい、おじ。撫でていいとか言ってないのだが? リリムはお触り厳禁なのだが? 奴隷おじが触れていい存在じゃないのだが? ――てかなんでココ大きくなってるわけ? きっも〜」
例によって俺の逸物は激しく反り返っている。もちろんリリムに欲情したわけではない。俺は戦うとこうなるってだけ。ロリコンではない。
「バキバキでくさぁ。勝ったら交尾できると思ってるお猿さんでくさぁ。リリムはそんなに安い女じゃありませ〜ん」
「これは性的興奮じゃない。戦闘の興奮だ。おこちゃまには分からねえよ」
「は〜? いいわけへたっぴすぎ。体が興奮しちゃってるってことでしょ? ざーこ」
どれだけバカにされようと俺の心は凪の海のように穏やかだ。なぜって、わからせた直後だからな。
「おい、おじ。明日も訓練けっていだから。ちゃんと準備しておくように」
「はいはい」
あー愉快愉快。毎日このガキをボコして徹底的に刻み込んでやる。俺を舐めてるとこうなるんだぞってことをな。
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