筧:よしまいになる

グループ通話が開始されました


 全員揃ったな。それじゃ、加藤の話をしよう。背の順で並んだら前から2番目の青白い顔した加藤くんの話。


 中一の頃、俺と加藤は結構仲良くしてたんだ。俺たち、どっちも実家があまり裕福じゃなかったから、周りのヤツらのゲームの話にはまったくついていけなかったんだ。


 俺たち二人だけはいつも浮いてた。だからかな、自然と一緒にいることが多くなったんだ。俺の足だと激しい運動はしないほうがいいって言われていたから、大体は放課後になると、駄菓子屋の裏にある空き地で二人でキャッチボールしてた。


 キャッチボールも飽きてきた頃、学校の近くに、古びた『奉納の道』という看板が立っているのを見つけた。


 峠道の傍にひっそりと立ってて、いつ作られたのか分からないくらいの古い石畳の小道が続いていた。あの道、何か不思議な雰囲気があったんだよな。木々が生い茂ってて、見上げると木の幹がぎっしりで、上の方にだけ青々とした葉が広がってる。ぽつぽつとお地蔵さんがあるけど、どれも苔むしていて誰かが近付くような気配もない。涼しいし、俺たちはあそこが結構気に入ってた。


 思い出すとあの場所は恐ろしいところだった。迷子になったら帰って来れる気がしない。今ならとてもじゃないけど近づこうとは思わない。けど、子供っていうのは無謀で、怖いもの知らずだ。何かに引かれるように、俺たちはあの道を何度も探検してたんだ。


 そんなある日、いつもと同じように『奉納の道』を探検していたとき、あいつに会ったんだ。


「おめえら、何してんだ。引き返せ。よしまいになっても知らねえぞ」


 俺たちは相当驚いたんだ。その声を聞いて初めて気がついたんだけど、道の傍のお地蔵さんの上に、じいさんが座っていたんだ。あれだ、あのじいさんだよ。あの……よく工藤商店でエロ本立ち読みしてた、あの布方ぬのかたのじいさんだ。


 俺たち、あまりの突然さに呆気に取られて、声も出なかった。お互い顔を見合わせて、どうしたもんかと思ってたら、じいさんがまた口を開いたんだ。最初は怒ってるような口調だったけど、次はどこか諭すように。


「悪いことはいわねぇ。ここに来ちゃいかんのだわ。よしまいになるまえに、かえんさい」


 普段なら、エロ本読んでるじいさんの言うことなんて気にも留めない俺たちだったけど、その時のじいさんは、なんだかいつもと違ってたんだ。圧倒されてしまって、俺たちは『はぁ……』とか言いながら、すごすごと引き返したんだ。


 その帰り道、なんだか二人ともいたたまれない雰囲気になっていたんだけど、しばらくして加藤が口を開いた。


「よしまいって、なに?」


「なんだろな」


「おしまいになる、とか、そういう意味かな?」


「気になるんなら、布方のじいさんに聞いてみるんだな」


「初めて喋るとこ見たね」


「たしかに」


 なんて会話をしながら、俺たちは家路をたどった。


 それ以来、あの『奉納の道』には足が向かなくなった。自然と避けるようになったんだ。工藤商店にも、なんとなく足が遠のいていたけど、しばらくして、風の噂で布方のじいさんが商店に来なくなったって聞いた。それでまた、行くようになったんだ。布方のじいさんも腰が悪くて出歩けないんだろうってことでじいさんには悪いが好都合だと思った。


 しばらくして、1人で下校中に、いつもキャッチボールしていた空き地で布方のじいさんと加藤が話しているところを見かけたんだ。 あの時は、なぜだか近寄りがたくて、俺は木陰から二人の話を伺っていた。


 布方のじいさんは、みたことのないような笑みでうわごとのように「体は丈夫かい」「よしまいになろうな」と加藤に語りかけているようだった。


「なんなんですか、それ。やめてください」


 加藤は明らかに嫌がっていた。けれど、俺はそこから救い出すことができなかった。布方のじいさんの目が、いつもとは違う何か異様な輝きをしていたのを今でも覚えている。


「いいから。いいから。よしまいになろう、おいで。おいで。いいから。来るんだ。来い」


 次第に怒気混じりの声になる布方のじいさんの言葉に、俺の体は硬直して固まってしまった。


 布方のじいさんは、加藤の細い腕を力強く掴み、そのまま無理やり引き寄せた。加藤は抵抗したが、じいさんの手はまるで鉄のように固く、離れなかった。

 

「痛い、痛いよ!」


 加藤の焦った叫び声が空き地に響き渡った。おそらく、聞いていたのは俺だけだった。それなのに動けなかった。布方のじいさんの力は相当強かったらしく加藤の腕に爪が食い込んで血が滲んでいた。


 俺は呼吸をするのさえ忘れていた。瞬く間に加藤はそのまま連れ去られてしまった。俺は何もできず、ただ立ち尽くしていた。5時のチャイムが鳴っても、空き地には誰も戻ってこなかった。


 あの日の夜、テレビは北京オリンピックの開会式の映像が何度もリピートしていた。お祭りムードをよそに俺の頭の中は、もし明日、加藤が登校してなかったら? 行方不明になっていたら? もし死体で見つかったら? ってそんな考えがとめどなく湧いてきていた。夜ってのは、悪い妄想をするのに最適なんだって、初めて思い知らされたよ。


 そして、次の朝。どうなっていたと思う? 拍子抜けしちゃったよ。加藤のやつ、普通に登校してきたんだ。「おはよう」なんてケロッとしてやがる。びっくりしたよ。俺は、あの場面を陰で見てたなんて到底言えなかったから、普段通り接してたけど、心臓はバクバクだった。


 でも、なんかおかしかったんだ。加藤のやつが妙に明るくなった。普段なら絶対に話しかけないようなヤツにまで、自分から声をかけてる。「元気かい?」とか、「今日は天気がいいね」とか、「もう夏も終わるね」なんて、まるで別人みたいに。


 だけど、俺に対しては全然違ったんだ。ある時、ふと加藤が俺に近づいてきて、ぽつりとこう言ったんだ。

 

『よしまいにはなれないね、きみは』


 その一言が、俺と加藤の最後の会話だった。あの日から、加藤は俺のことを見なくなった。友達だったはずなのに、急に他人みたいになってさ。


 そして、そのまま中二のクラス替えがあった。加藤とのことは気にはなっていたけど、もう直接確かめることもできなかったんだ。


 あいつがどうなったのかも、何も知らないまま。あの日の出来事が頭から離れなくて、夜になると時々思い出してしまうんだ。


 でも、あれだけは今でもはっきり覚えてる。加藤の腕についてた布方のじいさんの爪の跡――あの、赤く血が滲んでたあの跡が、次の日には綺麗さっぱり消えていたことを。


『よしまいになる』って、一体何だったんだろうな。でも、それはもう知りたくない。あのまま、知らない方が良い気がするんだ。


グループ通話が終了しました

 

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