え!?同じ小説でHDリマスターを!?できらぁ!!

ちびまるフォイ

ネット小説家のHDリマスター

「というわけで、小説のHDリマスターをしてほしいんです」


「できっこないでしょう!?」


マネージャーからの要求は開幕数秒で断られた。


「あのですね、先生。先生はご自分の立場がわかっていない」


「そうですか?」


「先生はデビュー作

 『なろうから追放された俺は農園チートで

  スローライフの世界を破壊しました』で、

 華々しいスタートを切ったじゃないですか」


「うへへ。よせやぁい。

 たかだかマンガ化とアニメ化しただけじゃないかぃ」


「しかし、2作目以降は泣かず飛ばず」


「う゛っ……」


「しまいには小説評論だとかエッセイだとか。

 もはや物語じゃないものを書いては生計を立て、

 今じゃコンビニアルバイトを始める始末」


「やめろぉぉ! 聞きたくない!!」


「そこでテコ入れなんですよ。

 先生のアイデンティティはもはやデビュー作しかない。

 ファンもそこしか興味がない」


「うぅ……」


「デビュー作の続編を書いてスベるくらいなら、

 いっそデビュー作をHDリマスターして売りましょう!」


「続編書いたら失敗する前提で話すすめられるのひっかかるなぁ……」


「人類の文明が始まって以来、続編ではねた例はないんですよ」


「でもHDリマスターなんてどうやるんだよ?

 映像作品ならわかるけどさ」


「そこはほら、先生の……そのたぐいまれな想像力で」


「丸投げかい!!」


著者は腕を組んで頭をひねった。

どうすれば小説をHDリマスターできるのだろうか。


「ひらめいた!」


「さすが先生!」


「もう一度デビュー作を書き直そう!」


「……」


「あの頃はまだ勢いだけだったから、

 情景描写も甘いし、キャラ付けも雑だった。

 今の技術でデビュー作をリメイクすればきっと……あれ?」


マネージャーの沈んだ表情に言葉が詰まった。


「どうしたんだよ? いいアイデアだろ?」


「それ、読者が喜んでいると思います?」


「いや喜ぶだろ。デビュー作をより高クオリティで読めるんだぞ?」


「そう思っているのは先生だけです」


「え」


「いいですか、デビュー作というのは往々にして荒削りです。

 でもそのスピード感や勢いがいいんです。ウケるんです。

 それを凝った描写を入れるなんて……」


「ダメ?」


「ファーストフード店で、フルコース出すようなものです。

 サッとライトに食べたい客に何分も待たせる行為です。

 ようはニーズに合っていないんですよ」


「ええ……じゃあもうわからないよぉ……」


筆者は頭を抱えてしまった。

しかし追い込まれたときにこそ人の頭は回る。


「そうだ! これはどうだろう!」


「さすが先生! 思いついたんですね!」


「挿絵を変えるんだよ!!」


「……」


「思えばデビュー時のときは売れるかどうかは不明。

 だから小説の挿絵も安い単価の絵師に頼んでた。

 でも今は違う。よりキレイでえちえちな挿絵にするんだ!

 これこそ正しいラノベのHDリマスターだよ!!」


「先生……」


「え? これもダメ?」


「人間は初回体験を美化する傾向があります。

 絵をキレイにしたとしても、絶対にファンはこう言います。

 "でも前のほうが味があってよかったな"と」


「そんな……明らかに上手にしてもらうんだよ?」


「そんなことは関係ないんです。

 自分の初回の感動を、後続の感動で上書きされたくないんです。

 だから前のほうがよかったとツウぶるものなんですよ」


「挿絵もダメだったらどうすりゃいいんだよ!」


二人の会議は何時間も何時間も続いた。

アイデアを出しては諦めて、アイデアを出しては諦めて。


その繰り返しで疲弊しきったときだった。


しぼりつくしたはずの脳から染み出したわずかな一滴のアイデア。

筆者はぽつりをそれを口にした。


「内容じゃなく、外見を変えるのはどうかな……?」


「先生、前にも話したでしょう。

 挿絵を変えるのも、表紙絵を変えるのも一緒です」


「そうじゃなくて、紙質だよ!」


「紙……! そ、その手があった!!」


「デビュー作の紙なんてバリバリの再生紙。

 うすっぺらすぎて次のページの文字が透けて見えるほどだった。

 でもHDリメイクでより良い紙を使えば!」


「読者が一番手に触れる部分の改修ですね!

 その手があったなんて!!」


「それでいて内容は当時のままなら、ファンも納得する!

 すでに買っているファンも、よりよい紙の本に変えるはずだ!」


「さすが先生!! 完璧なHDリマスターです!!」


「これが Hard Document リマスターだ!!」


筆者とマネージャーは手を取り合って、

与えられた予算をすべて良質な紙の発注にそそぎこむ。


そして、樹齢2000年の樹から作られ、

100年に1枚の紙と呼ばれる『シルク・ツリー』が届けられた。


完璧なHDリマスターができあがるだろう。


そう確信した彼らが真実を知るのはまだ先のこと。





リマスターはネットでの限定公開だということをーー!

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