38.

「小口さんはいつからこの中にいたのですか?」

「インターホンが鳴って、安野さん達が騒いでいた時から」

「⋯⋯そう、ですか⋯⋯」


そういえば、安野達の何ともない会話の中で、クッキーを食べようとして怒られているのを聞いたようなないような。


「姫宮さま。いつまでもその座り方ですと、膝を痛めますよ。ベッドに座ったらどうです?」

「はい⋯⋯そうします」


ゆっくりと立ち上がり、ベッドに座ると、その後をごく当たり前に隣に座ってきた。

特に自分から話すこともないし、涙を見られたのが恥ずかしいとこっそり拭っていると、小口がぼそっと言った。


「⋯⋯責任の重大さが違う者が言うのもなんですけど、思ったほど困らせていないと思うんですよ。立場上、姫宮様を必要とされているのですから、ちょっとやそっとじゃ今回のことがなかったことにはならないと思います」


目を見開く。


「そうでしょうか」

「そうじゃないですかね〜、多分」


経験が少ない中でも、どんなことを言われようが、自分の気持ちを表に出すことなく、そつなくこなしてきた。そうであるから、"今回の仕事"は失敗したと悲観し、弱音まで吐いてしまった。

そんな姫宮に対し、あっけらかんとでも言葉にしてくれた彼女が、今までさほど接していなく、どのような人物か知らなかったのもあり、意外な一面を垣間見えたこともあって、救われたように思えた。


「姫宮様、いらっしゃいますでしょうか」


扉越しの安野の声に、最後の一枚を咥えた小口と思わず顔を見合わせる。


「無理そうでしたら、返事をしなくてもよろしいですので」


小口が頷いたことがきっかけで、「はい」とゆっくりとした歩調で扉の前に立った。


「このままでお願いします。⋯⋯そして、先ほどは急にあのようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、謝らないでください。まだつわりがあるのですから、仕方ありません。ですが、身重なのですから、走ってはいけませんよ。大変危険なのですから」

「⋯⋯はい。すみません」

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