10.

数日後、姫宮が住むマンションの下に御月堂の命で迎えに来た車に乗り、製薬会社に向かう。


車中、携帯端末を弄る用事もなく、暇潰しに窓の外を見やっていると、ある男女が目に映る。

女性の方は男に顔を向けていたこともあり、姫宮からはどんな女性なのかは分からない。

が、そんなことは全くもって関係ない。

問題は男の方だ。

あの時と髪型が違っていたが、女性に笑いかける顔には見覚えがあった。


愛賀あいが


優しく呼ばれた声が聞こえてくる。

車だから一瞬しか見れなかったのに、見慣れた顔のせいで、目を閉じても脳裏に焼き付いた顔が浮かぶ。


じゃあ、あの男が手を繋いでいた子どもは⋯⋯。


「姫宮様、どうされました!」


路肩に止めていたらしく、配属の運転手が座っていた側のドアを開けてきた。

その時、一気に現実に引き戻された姫宮はハッとなり、居住まいを正した。


「いえ、少々具合が悪くなりまして。ご迷惑をおかけしました」

「とんでもございません。車酔いをされたのですね。でしたら、少し車を止めておきますよ」

「大したことではございませんので。私のせいで御月堂様の貴重な時間を割くわけにはいきません」

「ですが⋯⋯」


人並みに心配している様子の運転手に微笑を浮かべた。

それで一応納得したらしい運転手は、「何かありましたら、遠慮なく仰って下さい」と引き下がり、運転を再開した。

気づかない程度のひと息を吐き、遠い目をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る