11.

降りる直前でも心配されたが、やんわりと返し、御月堂がいる会社へと行った。


受付で御月堂と会う約束をしている旨を伝えると、受付の人は「少々お待ちください」と電話を掛けた。

その様子をじっと見ているのも失礼と思い、カウンターを見つめていると、「お待たせしました」と声を掛けられる。


「御月堂の代わりに松下という者がこちらに来られますので、もうしばらくお待ちください」

「はい。ありがとうございます」


軽く会釈すると、受付の人も同様に微笑を浮かべた顔で返す。

このままカウンター前にいるのは邪魔になると、姫宮は横にやや離れた箇所に立って、スーツ姿で行き交う人達を見つめていた。


この中に自分と同じ性はいるのだろうか。自分もベータと偽れば、"普通"の人としてこの中に溶け込めるだろうか。

世間でいう卑しい仕事しかしてこなかった姫宮は、この社内で忙しなく働いている人のような仕事が想像つかず、そもそも、オメガだと診断されてから、人生がどうでもよくなっていたというのもあった。


自ら命を絶つ一歩も踏み出せない宙ぶらりんな自分は、一体何がしたいのか。


「連絡して頂いた姫宮愛賀様でしょうか」


ふっと視界に現れた、清潔感漂うメガネの男性。

現実との境が曖昧になりかけていた姫宮は、ぼんやりとした目で見つめていた。


「人違いでしたか?」

「あ⋯⋯いえ、少しぼーっとしてしまったようで」

「岩井から話を聞いてましたが、ご気分が優れないようでしたら、日を改めての方が」

「その、岩井さんにも言いましたが、御月堂様の貴重な時間をまた改めて取るわけにはいきませんから」

「正直、そうでありますが⋯⋯」


顎に手を当てて、思案顔をしていたのも束の間、やはり運転手と同じような言葉を告げて、「名前を名乗ってませんでしたね」と姿勢を正した。


わたくし、御月堂慶様の秘書を務めております、松下怜士まつしたれいじと申します」


柔和な笑みを浮かべた松下は、「さ、参りましょうか」と歩き出すのを、姫宮はその後をついて行った。

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