8.


ベータというごくありふれた性の両親の元に産まれた自分は、人並みの愛情を独り占めし、人並みに勉学を励み、人並みの企業に入り、同じ性の相手と結婚するという、型にはまったままの人生を歩むと思っていた。


小学校中学年の時。

放課後、校庭で友人らと楽しく喋っている時。


「オメガ菌だー! きったねー!」


何人もの男子が哄笑こうしょうしながら、ホースで水を撒き、植木鉢を座り込んでいる女子に向かってぶちまけているところを見かけてしまった。

あっという間に水と土で哀れもない姿にされてしまった女子は、「やめてよ」と弱々しい声で泣いていた。

きっと高学年の児童なのだろうと、最近保健で習った第二の性検査のことを、頭にぼんやりと浮かべていた。


高学年になるとその検査をされるのだという。

「⋯⋯あれ、ひどくない?」「上の学年だから、助けには⋯⋯」と友人らが話す傍ら、姫宮は思っていた。

自分は大丈夫。両親がベータであるから、オメガには。大丈夫⋯⋯──。


しかし、現実は非常だった。

検査結果の紙をこっそりと見た瞬間、血の気が引き、胃の中の物がせり上がり、吐き気を覚えた。


自分がオメガだなんて。


アルファと同じように少ない性ではあるが、天と地の差ほどの特徴がある。

自分の息子がオメガだなんて知ったら。友人にも知られたら軽蔑されてしまう。

ごくありふれた日常を壊したくない。


それに先生が、「この検査結果ははっきりとしたものではない」と言っていたから、可能性はゼロではない。

だから、大丈夫。


ところが、そうだと言われているかのように体に変化が訪れた。

熱を出したかのように体が熱くなり、今思えば性感帯と呼ばれる部分が敏感になり、さらには後孔が濡れてくる。

オメガだという特徴が現れてしまった。

戸惑いながら抗っていても、本能には逆らえず、体の奥の何とも言えないものを発散しようとした最中に、精通をしてしまった。


こんな形で、迎えたくなかった。


背中にぞわりとした、気持ちいいともいえるものと悲しさが混ざった涙を、部屋のベッドの中、零し続けていた。

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