打ち上げ花火

@DojoKota

第1話

花火である。花火である。あたしの口の中へ花火である。あたしはその頃いつも花火を食べて過ごしていたのであった。楽しかった。口の中は真っ赤に光っていた。けれども、口の中の出来事ゆえの悲しさである。寂しさである。誰もその花火は見ないのである。見ているのはただ、打ち上げ花火の筒を口に咥えて、そのままその筒をそのまま一人で点火するそのままのあたし一人きりをである。給食の時間にそれをやったらみんなびっくりして、びっくりしたまま固まってしまった。「だめだこりゃ」と呟くのは風である。まどが大きく開かれていて、びゅうと、風が傾れ込み、一言。「だめだこりゃりゃ」であった。「あ」あたしが呟くまで2秒ほどかかったけれど、あたしは結局つぶやいた。「風が喋ったぞ」とつぶやいた。風は、今の出来事が嘘かまぼろしであったとでも誤魔化したいみたいに、しーん、と沈黙を守っていた。だめだこりゃ。だめだこりゃりゃ。と二度もつぶやいておいて、図太いものである。まあ、いい。あたしは、口に咥えていた筒を、外した。当然、すでに点火しており、その後、ばひゅばひゅとあたしの口の中で噴火しておりましたので、打ち上げ花火の筒は、しゅんと、くろこげになっており、さえない見た目をしていた。着火する以前は、いろいろに使用者の想像を膨らませるカラフルで奇天烈な紋様が描かれていたのであるが、それらがもうほとんど見えないほど炭化しており、彩に欠けている。ただ黒い棒である。あたしは、その日初めて、人前で食事をとった。そしたら、みんなが驚いて、びっくりして、てんとう虫などの仮死のように固着して(つまり、状況に固着して)固まってしまった。つまり、床一面にみんなが重い思いの姿勢で突っ伏しておる。一方で、しゃべるものだと思っておらなかった風が急に喋った。あたしは、なんだか、面白いな、と思った。納得、感心、好奇心、みたいな順番で心が経巡るのが感じられた。びっくりである。けれども、けれども、である。ただ、それだけの話。それだけの話である。だからと言って何である。だから、何かが始まるわけではない。物語とかそういうものが始まるわけじゃない。状況を整理したら、こう。あたしは、もともといつもよく花火を食べていた。というか、花火以外食べたことがないのだ。そして、いつもは、一人で食事をしている。誰かに見られたくなかったし、誰かが見たら、たぶん、びっくりするだろうなあ、と予感はしておったのである。けれども、なんか今日は面倒くさくなった。なので、花火をみんなの前で食べてみた。みんなは給食を食べていた。そしたら、花火を口に咥えた途端、みんなが急にあたしを見つめ始めて、チャッカマンで点火した途端、みんなあたしに視線を向けたまま目をつぶちゃって、花火がぼんぼん打ち上がって、それでもって、あたしがごくんごくんとそれを何度か嚥下したところ、みんなは肝を潰したのか生まれて初めて本当にびっくりしたのか、ばたばた倒れた。あたしは、そんなみんなの反応に、別にびっくりしなかった。どうせ何かが起こるだろう、と思っており、その反応を目の当たりにしたのが私の実情だ。「ふむ、こうくるか」と納得したのである。そういうものなのか、と。で、なので、その時あたしは【何が起こっても納得するモード】であった。で、けれども、あたしはあたしの想定の範囲外で納得してしまったのである。風が吹いた、風が喋った。びゅう、という音ではなく「だめだこりゃ」「だめだこりゃりゃ」と喋ったのであった。あたしは、びっくりしそびれた。「ふむ、こうくるか」と思ってしまった。しかし、それは想定外の対象への納得であり、いうなれば、感心したのでした。で、好奇心。好奇心が湧いた。ただそれだけのこと。うん。ただ、それだけのことなのでした。だから、そう、状況を整理しなおしたら、そうなる。あたしは、今現在、あたしを取り巻く状況というものは、そういうものなのだった。わかったか。しかし、内心、もう少しくらい、話を続けてみたいと思っている。あたしは貪欲なのだ。けれども、である。特に何にもない。特に何にもないのだ。ただ、あたしが打ち上げ花火を食す、それをみんながびっくりする、そして風がしゃべる。そして、あたしが俯瞰する。すべてを、とりあえず、一挙に、俯瞰する。というか、俯瞰しちゃった。おわり。である。けれども、である。もしかしたら、続くかもしれない。もしかしたら、ではあるが、続くかもしれない。そういうものではないだろうか。そういうものだとして、一体なんだというのか。知らない。あたしは知らないのだ。けれども、今日の打ち上げ花火もうまかった。あたしはおいしいからそれを食べているのだ。ごちそうさまである。おいしかったのであった。それにしても、さっきからずっと風は黙っている。一方的に喋っておいて、黙っている。なんだこいつ。なんだなんだこいつ。恥ずかしがり屋なのか。それとも、風とはそういうものなのか。別に、どうでもいい。興味はない。風も喋ることはあるさ。

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