第2話

 「ここがわたしの家だよー」


 じゃじゃーんとお披露目された。


 「どこが……ですか」


 一軒家ならわかるけれど、見せられたのはアパート。

 ここのどこだよってなる。


 「一〇三。あそこ」


 ほら、と指さされた。


 「とりあえず入って、入って。狭いけれど。それは許してね」

 「押しかけたのはこっちですし。狭いとか文句言いませんよ」


 東京の大学に進学するにあたって、無理矢理お願いした立場ではある。文句は言えない。


 「できた子だね」

 「褒めても何も出ませんよ?」

 「素直に思ったことを言っただけだよ」


 そう言って彼女は家の中に入った。


 「おじゃましまーす」

 「もう今日から雫ちゃんの家でもあるから『お邪魔します』じゃなくて『ただいま』じゃない?」

 「えっ、あっ……そうですね」


 その指摘はもっともだった。その通りだなと思った。


 「た、ただいま……」


 違和感に私は顔を顰める。


 「どうかした?」


 星雲空音は不思議そうに尋ねてくる。


 「実家以外でこう『ただいま』っていうのはいずいなぁと思っただけです」

 「い、いずい……?」

 「はい」


 星雲空音はなんか微妙な反応をしているが、まぁ良い。

 この感覚は……あれだ。

 近所のおばさんに『おかえり』って言われて、渋々『ただいま』って返すあの感覚に近い。

 猛烈な違和感に襲われるあれだ。


 「荷物はそれだけ?」


 先に家へ入った彼女は、私のキャリーバッグを指さし、指摘する。

 私はふるふると首を横に振る。

 そんなわけないじゃんと思った。だが、そうツッコミを入れられるほど、親密な中ではない。


 「多分そろそろ来ると思います。業者手配しているので」


 だからこういう希薄……じゃないけれど、淡白で掴みどころのない返答をしてしまう。一歩引いているような。そんな返答だ。


 「そっか」

 「はい」

 「せっかくだからご飯にでも行こうかなと思ったんだけどね、難しそうかな」

 「奢ってくれようとしてたんですか」

 「そりゃまぁね、私年上のお姉さんだし」


 彼女はむふんとドヤ顔を見せる。

 この人、私より年齢上なんだ。背、小さいのに。私より年上なんだ。


 「雫ちゃん」


 さっきまでの陽気で弾むような声色から一転して、冷酷さを肌で感じるような声で私の名前を呼ぶ。一言で言ってしまえば怖かった。身震いして、周囲をキョロキョロ見渡し、諦めるように彼女の瞳を見つめる。


 「な、なんですか……」


 それから遅れて出てくる問い。


 「すんごく失礼なこと考えてたでしょ」


 つんっと私の額を人差し指の先でつっつく。


 「考えてぇ……ないですよぉ」


 と、ふらふらした日本語と共に視線を逸らす。

 そんなことないですって自白しているようなものだなぁと自分の行動やら発言やらを鑑みて思った。


 「ふぅん……」

 「はい」

 「まぁ良いや。とりあえず、待とうか。業者来るまで」

 「わかりました」

 「お腹すいた?」

 「大丈夫です」


 仮にお腹すいていたとして、はいすきましたとは言えない。

 一ミリも慮らない発言をする勇気はない。私にはなかった。




 部屋の案内をされた。

 トイレからキッチンから、私の部屋まで懇切丁寧に案内してくれた。

 外からだとただのアパートに見えたが、中に入ってみると案外広い。おぉと感嘆の声を漏らしてしまうほどだった。アパートというよりもマンションという感じ。

 今まで彼女はここに一人で暮らしていたのだろうか。だとするのなら、かなり贅沢だなぁと思う。

 もっともこの疑問を彼女にぶつけることはない。

 踏み込むのは怖いから。踏み込むのが怖いってのは少し語弊があるかもしれない。踏み込んで、ぐちゃぐちゃに否定されるのが怖い。多分こっちが正しい。


 案内が終わればリビングに集う。集うっても二人だけれど。

 星雲空音はソファに座って、私はカーペットの上にピンク色のちょっと硬いクッションをおしりの下に滑り込ませて体育座りをする。

 見上げるように星雲空音を見る。

 さっきまでは見下ろすような形だったから。違う角度から星雲空音の顔が見える。

 ほわぁ……。やっぱり可愛いな、この人。本当に顔が整っている。同性じゃなかったら絶対に一目惚れしていた。それほどに容姿端麗である。絵に描いたような美しさ。国宝級で私が触れちゃいけない代物のように思えてくる。


 「……?」


 ずっと見つめていると、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 傾げてからすぐにポンっとなにかわかったかのように手を叩く。


 「惚れた?」

 「誰にですか」

 「私に決まってんじゃん」


 むふんと見せるドヤ顔。さっきから何回も見ているドヤ顔だが、この顔でさえ、しっかりと絵になるのだから、もうずるいなと思う。ずるいと思うけれど、嫉妬はない。ずるいという感情の中に羨む気持ちもない。


 「惚れてはないです」

 「惚れて良いのに。惚れてくれたら罪悪感なしに手出せちゃうんだけどなぁ」


 手つきがいやらしい。目もいやらしい。せっかくの整った顔が行動で台無しである。

 神は二物を与えずとは良く言ったものだ、と思う。

 せっかく良い顔を与えてもらっているのに、それを活かせるだけの知能は与えてもらえなかったようだ。可哀想に。


 「そんな顔しないでよ。悲しくなるじゃん」

 「じゃあしないでくださいよ。セクハラ」

 「それは無理があるな。かわいい女の子が目の前にいるのに、セクハラするなって。人間に呼吸するなって言ってるようなもんだよ、それ」


 セクハラと呼吸を肩並ばせるのどうかと思う。


 「東京はそういうところなんですか? セクハラが蔓延るような……」

 「東京、そんな怖いところじゃないよ。私が大好きなだけ。女の子にセクハラするの」


 屈託のない満面の笑みを浮かべて、そんなことを口にする。

 その笑顔でセクハラ大好き宣言をするのは、世界のどこを探しても星雲空音だけだろう、

 とりあえず東京、怖いところじゃなくてよかった。シェアハウスする相手は怖くて怖くて堪らないけれど。そのうち襲われるかもしれない。不思議と身の危険は感じないけれど。


 「引いてる?」

 「引いてないって言ったら嘘になりますね」

 「引いてんじゃん! それ」


 顔を見合せてくすくす笑う。

 なにが楽しいのか。それを言語化するのはとても難しい。というか、楽しいのかどうかすらわからない。でも笑ってしまう。笑みが零れる。不思議だ。

 なんというか仲良くなれそうな気がしてきた。セクハラは凄いけれど。


 「というかさ」


 笑いの波が収まってから、星雲空音は話を振ってきた。


 「はい?」

 「雫ちゃんって宮城から来たんだよね」

 「そうですね。田舎出身ですよ」

 「いや、別に……馬鹿にしたいわけじゃないんだけど」


 卑屈になっていると彼女は苦笑する。

 てっきり馬鹿にされるのかと思っていた。東京の人って関東以外の人を田舎人って馬鹿にしてそうだし。って、私も東京の人への偏見すごいな。


 「すみません、つい」


 反省した。

 だからしっかりと謝罪する。

 謝れる人は成長できるって誰かが言ってたし。


 「良いんだけどね。でさ、純粋な疑問なんだけど。宮城ってなにがあるの?」


 天使みたいな星雲空音は天使とは程遠い煽りをしてきた。

 やっぱ、無理かも。仲良くなるの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シェアハウスをすることになった黒髪の天使様は『女性』が大好きとカミングアウトしてきた こーぼーさつき @SirokawaYasen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ