シェアハウスをすることになった黒髪の天使様は『女性』が大好きとカミングアウトしてきた
こーぼーさつき
第1話
『まもなく終点、東京です。東海道新幹線、山手線、京浜東北線、中央線――』
耳当たりの良いチャイムの後に流れるアナウンス。東京駅に着くのを告げるのと共に、電車の乗り換えをダンディな声の持ち主が案内をしている。もっとも田舎? と呼ぶには少々都会過ぎるかもしれないが、東京とは雲泥の差である場所出身の私にはどの路線名も聞き馴染みのないものばかり。途中から聞くことを放棄した。
荷物棚に押し込んでいたキャリーバッグを取り出す。
周囲を見渡すと、まだ皆スマホを触ったり、本や新聞を読んでいたり、眠っていたり、している。終点なのに、準備しなくて良いのかな。準備している私が異端に思えてくる。
新幹線のスピードは緩む。それを体感する。そうすると周囲の人たちも降りる支度を始めた。このタイミングでするのが正解だったのか、とまた一つ私は賢くなった。
今年の三月の下旬に高校を卒業したとはいえ、まだ身も心も未熟なまま。知っていることよりも知らないことの方がきっと多い。あっちを出る前にお母さんから「東京では『だから』って使わないようにね。友達を失うことになるよ」って言われた。なんで? と思ったんだけれど、話を聞くと「だから」は東京では同意の意味で使われていないのだそう。所謂方言ってやつらしい。本当に知らないことばかり。世間知らずだった。
キャリーバッグをガラガラ引き摺りながら、新幹線をおり、ホームを歩く。
ガラガラという音がやけにうるさく感じる。どうにかならないかなと思いつつ、軽く持ち上げて歩いたりしてみたが、すぐに二の腕が痛くなって断念した。
エスカレーターに乗って、改札に向かう。改札を抜けて「……」と黙りながら立ち止まる。
だーっと奥が見えないほどに長い通路へとやってきた。
目的の路線が見当たらない。
「たしか……えーっと、なんだっけ」
覚えたつもりだったのに、すっかりと頭から転げ落ちていた。
思い出せない。
ここでうだうだ考えたところで、答えに辿り着くのはほぼ不可能だ。
スマホを取りだし、お母さんが送ってくれた路線案内のスクリーンショットを確認する。
「あ、そうそう。中央線、中央線……」
それだそれ、と納得して、その中央線とやらを探す。
うーん、と探し始めるが、見当たらない。
常磐線? とか京葉線? とかはあるんだけれど。中央線ってのは見当たらない。本当に存在するのだろうか、と不安になってくる。
東京……難しい。わかんない。
泣きべそかきそうになりながら、彷徨うように歩く。
だらだら歩き、突き当たりまでやってきた。
同時に中央線の案内板が見えた。オレンジ色に輝いて見える。
安堵した。良かった、と本気で思えた。
オレンジ色のラインが入った電車に乗った。特快って書いてあるから、特別料金取られるのかなと思ったけれど、そういうわけじゃなかった。
それから約三十分ほど揺られると、目的の駅へと到着する。
圧迫感のあるホームを抜けて、改札をくぐる。
『着いたよ』
と、お母さんに連絡をする。
『特徴的な絵? のあるところで待ってるって連絡来たよ。たしか……コンビニとか交番が近くにあるかも』
『駅の外?』
『駅の外というか改札出ると連絡通路に出るじゃん? 連絡通路にあるんだよ。絵』
今私がいるのは連絡通路だった。南口と北口を繋ぐ大きな通路。両脇にはそれぞれの商業施設への入口が設置されていて、大量の人で行き交っている。サラリーマンとか、大学生とか、カップルとか。本当に様々。
というか、絵ってどれ。
きょろきょろと見渡していると、すぐに目に入った。なにこの壁画。特徴的だ。有名なのかな。とりあえずこの周辺に人がいっぱいいるところから、この辺に住んでいる人は、ここを待ち合わせ場所にしているのだなぁというのはわかった。
私の地元でいうと、ステンドグラス前で待ち合わせをする、というような感覚なのだろう。
そこから目的の人物を探す。
『黒髪ポニーテール、青色のシュシュをしていて左耳に青色のピアスをつけてる。背は
お母さんから事前に貰っていた待ち合わせをしている人物の情報。果たしてこれだけで見つけられるのかという不安は過ぎる。
不安だ不安だと言っていても始まらない。
とりあえず探し始める。
「……」
開始三秒ほどで見つけた。
黒髪ポニーテール、青色のシュシュがポニーの根元にあって、左耳には控えめな青色のピアス。そして身長はたしかに私よりも少し低め。それよりもなによりも、思わず『わぁ……天使みたいな人』って呟いてしまうほどに可愛い。黒髪の天使様……なんつって。
しばらく見ていると、目が合う。
ぺこりと頭を下げる。そうするとあちらもぺこりと頭を下げてきた。
それから彼女はふらふらと私の元へとやってくる。
「雫ちゃん?」
「はい」
「そっか。うん、聞いてた通り可愛い女の子だ」
吟味するように頭の上からから靴まで見られた……気がした。
「おっと、失礼。自己紹介しなきゃだね。私は
「お母さんから聞いてます」
「そっか、そっか。よろしくね」
「今日からシェアハウス? お世話になります」
「どんとこーい。あっ……一応言っておかなきゃなことあるんだよね」
指をパチンと鳴らしてそんなことを言い出す。
「はい?」
「私、女の子が好きだから。恋愛的な意味で。雫ちゃん、よろしくね」
「え、あ、はぁ……」
最近は多様性の時代? らしいから。そういうものかぁと思う。
「油断してたら、喰っちゃうぞ」
「ど、どういう意味?」
「さぁ、どうだろうね。どういう意味だろう。それよりも行こうか、私の家」
星雲空音は楽しそうに笑いながら、私の手を引き、歩いた。
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